木の花ファミリーは、一人一人独立した個人が集まり一つの経済を生み出しています。その暮らしは、とてもユニークで優しく本質的な平等が実現しています。天然循環法による恵みをいただき宇宙を語る木の花ファミリー。お金を通して心を表現していきます。

天との約束と人との約束

今年も終わりが近づいてきて、経理の仕事も大詰めになってきました。
来年の2月から3月に掛けて農事組合法人の決算や個人の確定申告が控えているのですが、
今からその準備に取り掛かる必要があります。
そう思い憂鬱になる自分がいました。
今の自分にとって、どうしてもこれらの仕事はプレッシャーがついてまわります。
そこで今年の3月に書いた目標達成♪(^-^)♪をあらためて読み直しました。
以下、そのまま引用します。

☆彡 ☆彡 ☆彡

農事組合法人木の花ファミリーの法人税申告、そして、個人としての確定申告。
2月から3月に掛けてはこの2つの仕事を抱えて、

毎年大きなプレッシャーを感じることになります。
昨年と一昨年は、足がむくんでゾウさんの足のようになり、

その前の年は肺炎になりかけました。
こんなふうにこの時期は身体に異変が生じみんなに心配を掛けてきたのです。

それはなぜか?

甘えたい気持ちがアピールしたい気持ちに発展し滞りを生み出す。

僕は今、当時の自分をそんなふうに分析しています。

大変な状況にある時、心と身体にストレスが掛かり甘えたくなります。
ですが、僕は普段から甘えるのは下手なので、

その気持ちを素直に外に出すことはありません。
その時、その大変な状況に没頭していくことで

周りにアピールをするようになるのです(無自覚に)。
そして、没頭することにより負荷が余計にかかり、

いっぱいいっぱいになっていきます。
それが体調不良などの滞りに繋がっていったのです。

今年はみっちゃんが全面的にサポートに入ってくれて、

大分助けられたのですが、
それでも法人税申告&確定申告は大変な仕事です。
そこに他の仕事が重なったことで大きなプレッシャーを感じることになりました。
そして恐怖からなんども自分の仕事に没頭したい気持ちに襲われました。
ですが、恐怖は自分が創り出しています。
恐怖心は大変な状況をアピールしたい気持ちには好都合なのです。

今年は恐怖心と向き合いコントロールすることが出来ました。
そして日々を淡々と過ごしました(^-^)

昨年の2月、法人決算でいっぱいいっぱいになっている僕にいさどんはこう言いました。

もしあんたが一生懸命にやって法人税の申告が間に合わなかったとしても、
それはここ全体の実力として受け入れるだけ。

そして、その言葉にみんなも同意しました。

「こうでなければならない」というように縛られることはないのです。
とはいえ、「出来なくても気にしない」というわけでもないのですが。

一生懸命にやりつつも結果は求めずすべてを受け入れる。
すべてを受け入れつつも、結果を大切にする。

矛盾するような「ゆらぎ」。

今年はこんな姿勢で、子どもと一緒に散歩を楽しんだり、誕生日会お餅つきなど、
日々のイベントを楽しんだりと、出来るだけみんなと過ごすことを大切にしました。

特に甘えずアピールもせず。

ただ淡々とみんなと過ごすことでみんなからエネルギーを貰っていました。

みんなの真ん中で生きていく」に書いたように僕はみんなの中に溶けて生きていくのです。

真ん中で際立つのではなく溶けていくのです。

目立つ必要はないのです。

目立たないこと。

それを目標にし仕事を淡々とこなしていました。

そして今日これから。とうとう仕事を終わらせ確定申告に行ってきます。

今年は身体に何の異変も起きていません。


とりあえず目標達成です(^-^)

☆彡 ☆彡 ☆彡

ということでこれからどんなにプレッシャーを感じても自分の仕事に没頭はしません。
淡々と日常を送るだけなのです。

それで21日、木の花ファミリーブログ「サツマイモ畑から阿吽の世界を」にある通り、
みんなと一緒にサツマイモ収穫をしました。

当日はみんなで心を一つにして作業に集中することで、
とても気持ちのよい空気が流れました。
そんな空気の中ではプレッシャーやら恐怖は飛んでいくのです。

大いなる流れは自分ごとを溶かしていきます。
みんなの中で溶けていく。
そこには心地よい風が吹いていきます。

僕は普段、経理や管理事務の仕事をしているのですが、
それらは法律に基づいて行われています。
法律は人間社会が発展する中で育まれたもので、
それは人との約束と言えます。

一方、サツマイモなどの作物は、
自然の中で天気(天の気)などに左右されて育まれるもので、
それらの収穫は天との約束と言えます。

人との約束はどうしても自分たちの都合の寄せ集めとなりがちです。
例えば今、TPPが話題となっていますが、
これを推進するのも自分たちの都合であり、
そこから脱退しようとするのも自分たちの都合です。
憲法改正の議論もそうです。
それぞれの都合から語っている側面があるのではないでしょうか?

世の中を俯瞰して何が大切かを見極める。
そういう視点が抜けてしまっているのです。

そんな中、作物を通して、自然の移り変わり、天気の変化を感じられるのは有難いことです。
それらは自分たちの都合で進むことはありません。
主体が作物となり、いただく心、自分を離れた視点を育んでくれるのです。

それは今の世の中が忘れてしまっている心や視点であり、
社会の混乱の多くはそのために起こっていると言えるのです。

経理や管理事務を担当している僕は普段、人との約束ごとの世界に生きています。
それらはともすると自分たちの都合の追求に繋がります。

ですが、人も本来は天との約束の下、自然の法則の中で生み出された存在です。
自分たちの暮らしの土台は天との約束にあるのです。

法律という人との約束の世界。
そこに天の意志を吹き込んでいく。
それが僕にとっての事務です。

そしてそれはやろうとして出来ることではなく、
ただ流れに沿うことで自然となっていくことなのです。
僕が天意に沿っていれば・・・ですが。

なんにせよそれが目指す境地です。

僕にとっては生きることが事務なのです。

※農事組合法人決算などの仕事について興味がある方は、
世界のお金がみんなのお金になるように」をお読みください。

サツマイモ一斉収穫の写真です。





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