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根っこから、根本から、世界を天に明け渡す

今日は節分ですが、節分について杉山開知くんは以下のように述べています。

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節分は「立春・立夏・立秋・立冬」のそれぞれ前日で、もともと四季の分かれ目を意味する日。なかでも立春前日は「春夏秋冬」の終わりとなる特別な日であるため、一番大切な「節分」となり、「えと」の区切りも本来はここからが「戌年」です。
この時期は、旧暦を使っていた明治以前は特に“新年”という感覚が強く、数え年でみながいっせいに誕生日を迎えて祝っていたため、節分が年(歳)の節目として大きな意味を持っていました。また立春を方位で例える陰陽五行では、丑と寅の間の“鬼門”の方位にあたることからも特別な日とされていました。1年の邪気を払う豆まき行事にウシの角にトラの毛皮を着た鬼が登場するのはその名残なのですね。

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1年の邪気を祓う節分を迎えてインフルエンザが大流行しています(「インフルエンザの大流行が止まらない」参照)。そのインフルエンザについて呼吸するだけで感染することが示唆される研究結果が出たようです(「インフルエンザは呼吸するだけで感染する?」参照)。加えて、ワクチンを受けた人がインフルエンザに感染した場合、呼気からのウイルス排出が受けていない人の6倍になるという結果もありますようです。以下、In Deepの記事からの引用です。

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今回は、アメリカで今月発表されたインフルエンザウイルスの感染経路に関しての医学的研究についてご紹介しようと思います。
いろいろ内容あるその論文の中にひとつ「衝撃的な事実」が示されていたのです。
それは、シーズン前にインフルエンザワクチンの接種を受けていた人で、その後、インフルエンザにかかった人の「呼気」から排出されるインフルエンザウイルスの量は、「接種していない人より 6.3倍多かった」ことがわかったのです。
これは「インフルエンザワクチンそのものがインフルエンザを爆発的に流行させているかもしれない」ことを示唆しています。
 ~ 中略 ~
この研究は、米国メリーランド大学の専門家などによるもので、今年 1月18日、冒頭にあります米国科学アカデミー紀要に掲載されました。米国科学アカデミー紀要は、ネイチャー、サイエンスと並んで権威のある発表媒体ですので、相当数の医学関係者がこの論文を読まれたことだと思います。
ちなみに、この論文は「ワクチンの接種がウイルスの拡散を6倍に増大する」という部分が発表のメインではなく、
「インフルエンザウイルスは、咳やくしゃみよりも、通常の呼吸で拡散している」
ということが判明したということが大きい内容でもあります。
つまり、「息をしているだけで拡散する」ことがわかったということです。そういう意味では、よくいわれる「マスク」という存在は微妙ではあります。
いずれにしましても、この研究の論文の中に、「インフルエンザワクチンの接種が、環境へのウイルスの拡散を増大させている」ということが示されているのです。
ここから考えられることは・・・たとえば、普通、ワクチンの接種はインフルエンザ・シーズン前に主におこなわれますが、その「接種キャンペーン」を官民あげて大々的に実施すればするほど、そのシーズンは「インフルエンザが爆発的に流行する」ということも言えるのかもしれません。
たとえば、今年のように
今のワクチン接種の状況を見ますと、今シーズンも、これからさらにインフルエンザは爆発的な流行となるかもしれません。
 ~ 中略 ~
ワクチン接種は、標的とされた病原体に対して免疫性を付与するという疑問のない確信に基づいて行われている。
そのために「ワクチン接種」と「予防接種」という用語が、しばしば同じ意味として使用されることがあるが、これは、不自然な意味の理論的混乱だ。なぜなら、インフルエンザワクチンの場合、予防についての確実性は完全ではないからだ。そこにあるのは、むしろ宗教的信念と近い概念ともいえるのかもしれない。
しかし、ワクチンがインフルエンザを予防するという宗教的理念が、その正統性を支持することができなくなったらどうだろうか。これについては、実際に数百の例があり、多くのワクチンの意図しない副作用が、その利点を上回ることを示す医学論文は 500近くとなる。それらのすべての医学論文はこちらのデータベースにリンクがある。
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ワクチンは人智で病気をコントロールしようとする試みであり、それが逆に感染を増大させているというのがもし本当ならば、人類に対するとても大きなメッセージだなと思いました。そして今日は節分であり邪気を祓う時です。
僕はこの記事を見て、富士浅間木の花祭りでの「金神様と翁の問答」を思い出しました(問答については、「鬼は内、すると心がきれいになって福が来る(2018)」を参照して下さい。)。この問答で、人間の代表である翁は、天の代表である金神様に根つきの榊を返します。これは「根っこから、根本から、世界を天に明け渡す」ことを意味します。それは一人ひとりが自分を天に明け渡すことを意味し、何が起きてもいただき、起きたことを元にして前向きに積極的に生きていく姿勢へと繋がっていきます。
病気は身体の調整をしてくれているのであり忌み嫌うものではありません。ワクチンはそれを排除しようとする試みであり、だからこそ反動として大流行が起きているのだと思えます。もしそうならインフルエンザの流行は中道への導きとも言えます。
根っこから、根本から、世界を天に明け渡す
今起きているインフルエンザの流行も天が与えた浄化とした有難くいただき、そしてその痛みから学んで姿勢を改めることが大切なのだと思います。
節分は1年の邪気を祓う時です。
嫌なモノを排除しようとする心を祓い清め、すべてをいただく心を育んでいこうと思いました。だから、鬼は内なのです。
鬼は本来道理を伝える存在なのですが、その厳しさから忌み嫌われ、鬼門に封印されました。それは病気を排除しようとする心と同様です。
鬼は外。
それは嫌なモノを排除しようとする心であり、ワクチンに繋がり、インフルエンザの大流行を生み出しているのかもしれません。「福は内」と願っていますが、福は来ていません。
鬼は内。
それは、道理に基づいてすべてをいただく心で、結果、心がきれいになって「相応しい福」が来ます。病気すら自らを調整してくれる存在として「福」になっていくのです。
根っこから、根本から、世界を天に明け渡す
それはすべてをいただく心を育むことで、すべてが「福」になっていく生き方です。
僕はそんなふうに生きています。
根つきの榊を持った金神様です。

鬼は内、すると心がきれいになって福が来る(2018)

1月27日に行われた富士浅間木の花祭りは鬼が主役の祭りであり、鬼の舞を柱として人々は様々な舞を神々に捧げます。そしてその中心となる物語は二つの問答に表現されています。まず一つ目は「榊鬼(さかきおに)と翁」との問答です。


榊鬼(左)と翁

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【榊鬼と翁の問答

   
やいやい 伊勢天照皇大神 熊野権現 富士浅間。ところは当所の氏大神。神の稚児(わかご)の舞遊ばし給う木の花の御庭を。事どもしき姿(なり)をして舞荒らすは何たら何者にてさむらう。

榊鬼  
吾が身が事にてさむらう

翁   
なかなか、汝が事にてさむらう

榊鬼  
此れさかきと申するは、比叡の山の大天狗。愛宕山の小天狗。
山々嶽だけを渡る荒みさき荒天狗とは 吾等がことにてさむらう。

   
事にて さむらうは何万歳をへたるとや

榊鬼  
八万歳をへたるとや。そう云う者は何万歳をへたるとや

翁   
法は九善 神は十善 神の位をもって十二万歳をへたるとや。
神行の為には榊を引いて帰れ。為でなくば引かれまい。

榊鬼  
まことか

翁   
まことに

※榊鬼と翁は榊を引き合う

榊鬼  
この榊と申するは 山の神は三千宮。一本は千本。千本は万本と。
千枝(ちえだ)百枝(ももえだ)までも惜しみ給うこの榊を、だれが許しを得て切り迎えとったるとや。

   
伊勢天照皇大神 熊野権現 富士浅間。
所は当所の稚児のさくやの御為として切り迎え取ったとや。神行の為には榊を引いて帰れ。この榊を引き取ったならば、是より艮、木の花の富士の山が立ってまします
それを汝の褒美にとらす。

榊鬼  
まことか

  
まことに

※両者にて榊の枝を引きながら
ありがたや まことの神行か
扱いても扱かれぬ 引いても引かれぬこの榊

※二人で榊を引き合い翁が勝ち、取った榊を窯の湯に投げ入れる
負けた榊鬼は、再び丑寅の富士の山の奥に隠れる

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この問答についていさどんは以下のように語ります。

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鬼は本来、道理を伝える天の存在であり、忌み嫌われているのはその厳しさからです。


榊鬼は、天の代表。翁は、人間の代表です。
人間はとても優れている。だから榊鬼は八万歳で、人間は十二万歳だと言っています。
そして翁は、地上の支配権を人間に明け渡せと言うのです。
そこで翁と榊鬼が榊の枝を引き合い、人間が勝ちます。

富士の山を褒美にとらすとは、その方角に引き下がれということであり、
つまり封印されたということです。

しかし、封印された後も、榊鬼は人間がどうするかをずっとみていました。


ずっとみておったぞ。しかし、変わらぬではないか。
変わらないどころか、ひどい有り様ではないか。

そこで榊鬼が、艮(うしとら)の金神となり、世に現れるのです。


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ということで二つ目が「金神様と翁の問答」となります。

金神様(左)と翁

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金神様と翁の問答              

 
  
伊勢天照皇大神 熊野権現 富士浅間 ところは当初の氏大神。木の花の佐久夜の御庭におわします、金色(こんじき)の尊き姿の御身は、どなた様にてござりましょう。

金神  

この方(ほう)は、艮の金神と申す。
時いよいよ来たれり。この度は、地球(くに)最後の天意転換(たてなおし)。一度に清める神幽顕の三千世界(みちよかい)。 汝らの宇宙(うつ)、光一つ上ぐる仕組み。今の世は「我よし、力よし」の獣の世、蛇の「あやま知」支配する、穢れ(けがれ)逆巻く魔釣りの世。

      

艮の金神とはいかなるお方にてござりましょう

金神
この方(ほう)は、宇宙(うつ)を創りた元つ神。こ度の宇宙(うつ)の天意転換(たてなおし)、始原(はじまり)の、時より決まりてありた事。この方隠れている間、「我よし」「あやま知」逆巻いて、神が息の出来ぬほど、穢れ(けがれ)汚れたこの世界、最後の最後の大仕上げ。この方再び現れたなら、光に穢れ(けがれ)混じること、適わぬ(かなわぬ)世となるべきなり。古き仕組みに変わりたる、新たな仕組み始まれり。
縁ある御魂引き寄せて、掃除洗濯 済みしものより、神の使える器となりて、こ度の尊き天意転換(たてなおし)、汝らご用に使うてやる。


一度はお隠れなされた御身が、再び現れ出る(いでる)と申されるか

金神  

いかにも。この世は逆さまじゃ。どうにもならぬ者どもを、今から改心させるため、世の中ひっくりかえすぞよ。これからは、神人(かみびと)、天地が一体の「弥勒の世」が始まるぞ。
故に皆々様、御魂磨いて下されよ。御魂磨かずおられては、使えるものにはならぬぞよ。
神多くの人民の、御魂目覚めて欲しいのぞ。汝ら皆々大切な、地球(くに)の日月の神々じゃ。
一なる花を二の花へ、二なる花を三なる花へ、大和の御魂を呼び覚まし、腹にまことを据えるのじゃ。
この心、天教山より日の本の、隅々にまで広げるぞ。汝らその役、引き受けられい。

      

引き受けましょう。我らこれより「弥勒の世」、創らんがためありましょう。

金神  

一度は渡したその榊。天の元に供えられい

(金神は後ろを向く。翁が榊の枝を金神の腰に差して退場する。
金神、根付きの榊に持ち替えて、四方でへんべいを踏んだ後、神座に戻る)

皆々様、いよいよ金神動くぞよ。さすればこの世、嬉し嬉し、愉し愉しの世となりて、真(まこと)の世が花開く。皆々笑え、愛し合え。真(まこと)次々現れくるぞ。
あっぱれ、あっぱれ、富士は晴れたり、日本晴れ。
オー、オー、ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト オー。
真(まこと)の神が現れる。神人(かみびと)共に現れる。弥勒の世の幕開けじゃ。
真(まこと)の真釣り(まつり)始まるぞ。新たな時代へ、船出の時じゃ。幕開け祝い踊ろうぞ。


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この問答についてはいさどんは以下のように語ります。

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金神様は、逆さまの世をひっくり返すぞ、と言っています。
そして、人間である翁との問答が行われ、地上の支配権が天に返されるのです。

この時に翁は、根付きの榊を金神様に渡します。
それはつまり、根っこから、心の底から、
この世界を天に明け渡します、ということです。


明け渡すというのは、ただ単に返すのではなく、
これからは神人一体、天地一体となって
この世界をつくっていくということです。

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木の花祭りではみんなが空っぽになって舞い踊ることにより、人々は神の依り代となり穢れを祓い清め新しい生命として再生していきます。それは、自らを明け渡すことにより自らを生み出している大いなる存在と一体となる瞬間と言えます。

ところで、2月3日は節分、そして2月4日は立春正月です。節分と立春について杉山開知くんは以下のように書いています。

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春のはじまりであると同時に、春夏秋冬の「四季 Season」のはじまりでもあります。もともと節分は立春・立夏・立秋・立冬のそれぞれ前日で、四季の分かれ目を意味する日でした。なかでも立春の前日は春夏秋冬の終わりとなる特別な日であるため、1年の最後に邪気を払い、願掛けをする行事が盛大に行われ、年4回の節分は薄れて、次第に立春前日を節分とするようになったようです。

立春前後のこの時期は、旧暦を使っていた明治以前は、特に新年という感覚が強く、数え年でみながいっせいに誕生日を迎えて祝っていたため、節分が年の節目として大きな意味を持っていました。


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節分は邪気を祓う時。木の花祭りがこの時期に行われるのはまさにそのためです。邪気を祓う際、世間一般では「鬼は外、福は内」と言いますが、これは「榊鬼と翁の問答」で表現されている人間と神の関係と言えます。人間は鬼を封印し、地上の支配権という福を手に入れました。人々は自分たちの都合の良い社会、そして規則を生み出し暮らしていますが、その結果が分断や対立の広がる社会となっています。2年前のこの時期、元プロ野球選手の清原が逮捕されましたが、そのニュースを受けていさどんは以下のように語っています。

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鬼は外、福は内。

これはご利益を求める気持ちから出る言葉で、人々は自分に都合の良い福を求めます。ですが、福を求めても大抵は叶いません。それは自分を顧みることがないからです。それでも都合の良い福を求め続けることが、この世界に混乱をもたらしているのではないでしょうか?

昨日、プロ野球選手の清原和博が覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕されました。多くの人々があこがれる野球のスター選手だった清原。それは求める福が叶った状態とも言えます。ですが、内面は苦しみを抱えていたことが伺えます。そして、スター選手の陰には多くの挫折した人々の存在があるのです。

人間性の伴わない幸運。それが人々や社会に何をもたらすのか?スターを求める人々の心理が清原の状態を生み出したとも言えるのです。清原の存在はまさに時代を象徴しているように思えます。

鬼を内にいれて、自らを正し、その結果、福が来る。

そんなふうに生きる時、ずっと幸せに過ごすこと出来るのです。

鬼は外、福は内。

それは大切なものが逆さまになった言葉です。

だから苦しみが生まれ続けます。

今、世の中がひっくり返る時が来ているのです。


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鬼は内、すると心がきれいになって福が来る。

この言葉は「金神様と翁の問答」で表されている世界です。根っこから、心の底からこの世界を天に明け渡す。それは何が起きてもいただく心を育むことであり、その時、思いもかけない出来事に出会い、世界は無限に広がっていくのです。

だから空っぽになってこの世界で舞い踊りましょう。

そして、神人一体、天地一体となって、この世界を創っていきましょう(^-^)

木の花祭り「四つ舞」、みんなで舞い踊っています。

今を生きる

自分の中には恐怖がある。

恐怖がどこから生まれるかと言ったらまず第一に「欲」が挙げられます。「こうなって欲しい」という願望があるからこそ、そうならないことを恐れるのです。本人が自覚していようがいまいが、これは事実です。

未来がどうなるかは分かりません。だからただ委ねて、結果をいただいていけばいい。

僕は常日頃からそんなふうに考えているので、恐怖のコントロールをしています。「恐怖」を脇に置いておいて、そして起きる出来事を見ていくのです。そうすると思いもよらない出来事に出会い、日々を楽しんでいくことが出来ます。

北朝鮮の脅威。世界で多発するテロ。異常気象や地球温暖化。日本の財政問題や少子高齢化。

ニュースを耳にすると不安や恐怖が湧いてくるかもしれませんが、その感情のままに生きると、世界に不安や恐怖の響きを広げていきます。そしてその延長線で思考しても、明るい未来へとは繋がっていかないものです。今の政治や経済は、人々の不安や恐怖を代弁しています。そのため未来へと突破口を開くことが出来ないです。

まずは恐怖や不安をコントロールすることが大切です。

ですが、コントロールすればそれでいいかと言ったらそんなことはありません。恐怖をコントロールして生きてきた僕が、先日一つの滞りに出会いました。今思うと、その時、僕は「恐怖」に捕まり思考と身体が固まっていました。そして、そのことをあまり認識していませんでした。コントロールはあくまでコントロールです。「恐怖」がなくなったわけではありません。ちょっと油断をすれば気づかぬうちにそれに飲み込まれ思考や行動に影響していくのです。そんなことを実感した出来事でした。

「恐怖」は世界や天に対する不信であり、汚れと言えます。

過去から未来へと続く天の物語。僕はその中で役割をいただいているに過ぎません。そして、天の意向を果たすために必要な能力はすべて与えられているのです。だからただ今を生きていればいいのです。出来ないことも天の意向だから、どうしようなんて思い煩う必要もありません。ただ今を生きて結果をいただき、そこから学びを深めていくだけなのです。

今を生きる。そのことについてりゅうしろうくんはこんなふうに書いています。

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「今を生きる」、それは過去からのプロセス、未来への眺望を含んだ立体的な捉え方です。その人がやるべき役割、その人が取り組むべきテーマ、その人の今の実態、その人に宇宙が与えているもの、それら全ては目の前に現れている。だから、目の前にあることを積極的に次々こなしていくことが、宇宙の大輪に乗っていくこと、勢いよく生きていくことになります。



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今を生きる。そこに恐怖は必要ありません。

自分の中には恐怖がありました。それは僕の汚れです。ここ数日、咳が止まらず苦しいのですが、それは浄化のプロセスだと思っています。

咳が止まらなくとも、苦しくともなんでもいいのです。

これから物心共に厳しい時代が来る。

いさどんは先日、そんなことを言っていました。物資的な厳しさは大型台風をはじめとする異常気象にその兆候は表れています。そして、心。心に関して言えば、AI(人工知能)の開発を挙げていました。人は今まで便利になればなるほど能力が退化し心を貧しくさせてきました。例えば、マザーテレサは、1981年、豊かな国、日本に来て以下の言葉を残したそうです。

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日本に来てその繁栄ぶりに驚きました。日本人は物質的に本当に豊かな国です。
しかし、町を歩いて気がついたのは、日本の多くの人は弱い人、貧しい人に無関心です。
物質的に貧しい人は他の貧しい人を助けます。精神的には大変豊かな人たちです。
物質的に豊かな多くの人は他人に無関心です。精神的に貧しい人たちです。
愛の反対は憎しみとおもうかもしれませんが、実は無関心なのです。

憎む対象にすらならない無関心なのです。


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ですが、多くの人は未だに物質的豊かさ、便利さを求めています。それが人々の心にどんなものをもたらすのか?その行きつく先にみんな気づいていません。ですが、これも天の意向の顕れです。だから、ただただ見ていって、みんなでその先をいただいていけばいいのです。

それでも気づいたものとしての役割があると思っています。天からのメッセージは常に自分を手放すことだから、そしてその先に繋がり合う豊かさがあるのだから、だからただただそんなふうに生きていくだけなのです。

ロータスランドに飾られている絵です。


世界の側から自分を見る

日本列島を台風が通過する中、8月8日3時11分の満月、そして2時22分~4時19分の部分月食を迎えました。僕の住む静岡県は台風の影響を受け、それらを目にすることは出来ませんでした。

目には見えなくても天体は動き続け、この世界に流れを生み出し続けています。だから常に目の前の出来事や自分の感情の奥に目を向けていく必要があります。そして、台風が一つのメッセージなのだとしたら、それは人間社会の混乱の現れであり、人々は混乱のために天の流れが見えなくなっているということなのだと思います。

8月7日は立秋。立春正月からちょうど180度の地点となりました。僕は立春正月に「ひっくり返った」宣言をしています。それは自分の立脚点の大転換です。それまでの僕が自分の側から世界を見て、世界をどうにかしようとしていたのに対して、今の僕は世界の側から自分を見て、自分を正しています。そして、ただ出会う出来事を楽しんでいます

様々なレベルの流れを読み解く」に書いたように、一人ひとりの人間が持つ感情や欲得、都合もこの世界に流れを生み出しますが、それは表面上の出来事で、その奥には常に天の流れが存在しています。一人ひとりの想いはこの世界に広がりを生み出しますが、物事を先に推し進めるのは天の流れです。今、社会が行き詰まっているのは、一人ひとりが自らの想いに囚われ、天の意向を汲み取ることが出来ていないからです。

世界の側から自分を見る。

それは現象の奥に流れる天の流れを意識して、それに沿っていくことです。天の流れにそって、天の流れを踏まえて自分を改善し続けます。その自分の変化がこの世界の変化に繋がっていくのです。

8月6日は広島へ原爆が投下された日、そして9日は長崎に原爆が投下された日です。人類はあのような地獄を生み出しました。その悲惨さを経験した日本が核兵器禁止条約に署名をしていません。その理由として核の抑止力や北朝鮮の脅威が挙げられていますが、この発想は利己的な想いからの囚われに過ぎません。世界中の国々がこんな発想をしていては利害の違いで対立し混乱が広がっていくのは当然といえます。

今、社会の混乱は様々な事例を通してみることが出来ます。昨年の7月、第10回大人サミットにて、介護殺人の事例に触れていさどんは以下のように語っています。

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今、日本では年間3万人もの自殺者が出ていますが、今や年老いた家族までも殺すような時代になりました。2025年、日本では65歳以上の3人に1人、そして全国民の10人に1人はボケると言われており、人類の歴史でも例を見ない事態が10年後に迫っています。そうすると、それは全体の中の10%ですから、介護をする人が足りなくなってくるのです。それで殺すしかないという発想が今、現象化しています。家族を介護していて、それがやり切れず殺したとします。そして、その人を法律で裁き、刑務所に入れるのです。

僕は裁くべきは別のところにあると思うのですが、皆さんはどこにあると思いますか?

裁くべきは、人をそのような状態にした人間社会です。介護している家族があまりにも悲惨な状態となり、思い余って殺してしまう。そして殺される側もお願いだから殺してほしいと言うようになる――、そうした現状が今、日本中に現れてきています。それは、自殺のレベルでも、孤独死の時代でもありません。そして介護殺人をした人たちは、法律で裁かれ、刑務所に送られるのです。しかし、彼らがいくら罪を償っても、心は癒されません。ストレスから介護殺人を起こしたその人のみを裁いても、社会はいっこうに良くならないのです。それは、裁くべき対象が違うからです。

しかし、社会を被告人にするわけにはいきません。そこで、誰を裁くのかと言ったら、その社会を構成している一人ひとりを裁かなければいけないのです。しかし、その一人ひとりを誰が裁けますか?それはできませんね。そのときに、自分がその社会を構成している一人だと気付き、自らの姿勢を改めることで、この社会に起きるすべての出来事を他人事とせず、自分が創っているこの社会を自分一人分裁くということです。それをしない限り、この世界は正常には戻りません。そのことに気付き、自分ひとり分変えることができれば、難しいことではありません。ですから、今の法律で裁いても、解決できることではないのです。それは、社会を構成しているわたしたち一人ひとりが目覚めれば、自ずと解決されていくのです。


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自分が創っているこの社会を自分一人分裁く。それは先にあげた核兵器の事例も同様で、今の社会のあらゆる問題にみんな一人分の責任を持っているのです。

自我が与えられ、自分の視点を持つ人間です。常にそこから沸き起こる想いや感情があるのは当然です。この時、自らの想いや感情に囚われると、それを通すこと、叶えることに気持ちがいきます。すると人は天の流れから外れていきます。天の流れから外れると、天は滞りを持ってそのことを教えてくれます。それが今の社会、そして多くの人の姿なのだと思います。

大切なのは、このような時、それを「話す」ことにより「放す」、表現することで自らを解き放っていくことです。自らを解き放つ時、人は天の流れに開かれ、流れに沿っていきます。そして、自らの想いは天と一つとなっていきます。変化変容、そして常に新しいところへと進んでいくのが天の法則です。天の流れに沿うことで、人は天と共に変化し常に新しいところへと進んでいけるのです。その時、この世界と一人ひとりの想いや行動は調和したものとなり美しいハーモニーを奏でるようになります。

僕が暮らす木の花ファミリーはその実践の場であり、未来の人間社会のモデルとなることを心掛けています。

自分一人分この社会を裁くとは、天の流れにそって自分を見ることであり、その時、人は世界の側から自分を見ています。そして世界とはみんなで共有出来る世界であり、みんなが「いいね」と思える世界。僕は、そんな世界から自分を見て、常に自分を高めています(^-^)

蓮池と富士山(ちなっぴ撮影です)





ただひたすら傍(はた)楽(ら)いていく

木の花ファミリーブログ「世界のお金がみんなのお金になるように」を読んだ友人からこんなメールを貰いました。

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記事読みました。

中野くんが木の花ファミリーに移住する前確かみんなで会ったよね。
その時を懐かしく思いました。

今はどの写真をみても、(中学校で)相談員をしていた頃よりずっと満ち足りた穏やかな表情をしているなと思います。中野くんの生きる場所を見つけたんだなと感じます。

私は今、軽度知的障害の生徒が社会的自立と就労を目指す高等部単独の特別支援学校で、3学年主任をしています。私たちがそれぞれの場所で充実した生活を送れることの幸せを感じます。お互い、一歩ずつ地面に足をつけて成長していきたいね(^-^)

☆彡 ☆彡 ☆彡

今の社会は一人ひとりの欲望を最大限に尊重することで発展してきました。テレビCMは人々の欲望を刺激し、ニュースや新聞は、経済発展を神のように祭り上げ人々の消費を促します。個の尊重、プライバシーという名の下、人々の自我(エゴ)は膨らみ続けて来ました。

そのような社会の中で、自我を手放し血縁を超えて生きる木の花ファミリーの暮らしは人々の理解を超えることもあるのでしょう。「不自由の自由、それが本当の自由」に書いているように、僕らは今まで多くの無理解に出会って来ました。ですが、僕らが生き生きと生きる姿は言葉を超えた説得力があります。そのためか、僕らは無理解と共に支援者とも出会って来ました。だから、この道を生き抜き幸せになっていくだけ。友人からのメールを読んであらためてそう思いました。

個人の幸せを追求する視点から僕らの生活を見てみます。

すると、給料がなく休みもなく、毎日朝早くから夜遅くまで働き続け好き勝手出来ない姿が浮かびあがります。そんな僕らの働きについて、いさどんは冗談で「ブラック企業を超えたブラックホール企業だ」と言ったりしています。それでも僕は友人から「満ち足りた穏やかな表情をしている」というフィードバックを貰っています。不思議ですよね?

それは僕らの「働く」が労働ではなく「傍楽(はたらく)」だからなのだと思います。経済は働くことによって生まれますが、僕らは働くことを通して傍(はた)を楽(らく)にし、自分を超えた大きなネットワークの中で役割を果たします。すると時代や宇宙といった大いなる存在の中に自分が位置づけられ、その中で自分の個性を最大限に発揮出来るのです。宇宙や時代の流れを感じて、その流れを共に推進する喜び。それが穏やかで満ち足りた表情となって表れているのでしょう。

個人の幸せ、自分だけの幸せを追求したとします。その時、多くの人にとって働くことは労働であり、賃金を得るための手段となります。するとどうしても労働に見合った賃金を求めるようになり、そこに固執することになります。思い通りにはならず不満を抱えたり、思い通りになったとしてもそれに執着し、それを失うことを恐れたりします。心が波立ち、自分の状況に左右され一喜一憂することになるのです。そうしていると時代や宇宙の流れから切り離され安定を失うことになります。結果、なかなか幸せになることが出来ないのではないかと思います。

自分のあぁしたい、こうしたいという気持ちを手放し、ただ出会う出来事をいただき楽しんでいく。ただひたすら傍(はた)楽(ら)いていく。そんな暮らしを楽しみどんどん幸せになっていこうと思っています(^-^)

※農事組合法人木の花ファミリーは組合員全員が個人事業主(経営者)のため、労働基準法や最低賃金の縛りを受けません。詳しくは、「農事組合法人木の花ファミリーと6次産業化」をお読みください。

※木の花ファミリーブログ「世界のお金がみんなのお金になるように」に対する感想は、木の花ファミリーこの話!にも掲載されています。こちらも合わせてお読みください。






そぎ落としにより発展する

6月9日は射手座満月でした。射手座満月について天下泰平さんは以下のように述べています。

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今晩、2210分より満月となります。

201769日の満月は「射手座満月」。


  ~ 中略 ~

その射手座満月のポイントは、ずばり「和合・調和」のようです。

まず、数秘術の世界でも69日」というのは“6”“9”の陰陽和合を意味する特別な日であり、それに加えて今回の射手座満月の星の配列は、太陽と月、そしてラッキースターである木星が直角三角形を形成していることに大きなポイントがあるようです。

射手座の支配星である木星、そして太陽と月という陰陽の調和。

この射手座満月は「和解」などが大きなテーマとなるようです。

さらに、今年26日から「逆行」に入っていた木星が、なんとこの満月の1時間後には4ヶ月ぶりに「順行」に戻ります。

ラッキースター木星は、今は地球や地球人個人にとってとても強く影響を及ぼす重要な惑星。

この4ヶ月間、滞っていた物事がスムーズに行き始めたり、今晩を境に明日からは心機一転新たな流れが始まると思います。


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6月9日、陰陽和合を意味する日にロータスランドはちょうど営業69日目となりました。3月21日、太陽が春分点を通過した最初の朝にプレオープンし、水星逆行が終了し立夏を迎えた5月5日にグランドオープンしたロータスランド。その動きは常に宇宙の運行と共にあることを感じさせます。

同じく6月9日、天皇退位の特例法が成立しました。ライオンズゲートの日であり、アース・オーバーシュート・デー」(1年分の資源を使い果たす日)でもあった昨年の8月8日、天皇陛下は退位についてのお気持ちを表明しました。そして退位のための法案が陰陽和合を意味する日に成立するのも宇宙の流れの中にあることだと思われます。

※ちなみに6月9日のロータスランド来店者数は88名でした。

静ちゃんプロデュースの中国人お客様ツアー(5月30日~6月1日)@ロータスランド

その6月9日の22時10分。僕はどうしていたかというと風邪をひいて寝込んでいました。そして、次の日も寝込み、何も食べずに過ごしました。発展や拡張を意味する木星が順行になるタイミングで寝込み断食する自分。自分の思惑とは大違いの出来事に出会いましたが、これは僕にとっての発展や拡張が「そぎ落とし」によって成り立つことを意味しているのだと思いました。

自らを分けると書く自分。天の流れに沿って生きていこうとしている僕にとって、自分から生まれる想いや願いや不要なものです。例えば、いさどんは以下のように語っています。

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僕が常に皆に伝えていることは、そういった「~したい」「~になりたい」という願望を消しなさいということです。そして与えられるがままに存在しなさい、ということです。すべてを受け入れれば、己から解放されます。僕はそのことが伝えたいだけなのです。

今の姿のあなたがすべてではないのですから、いくらでも変化・変容・変態を繰り返すことが可能です。そして、それが宇宙の実相なのです。


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上記のいさどんの言葉にあるように「~したい」「~になりたい」という願望を消し、己から解放されれば、ただ出会う出来事を楽しんでいくことが出来ます。それは「流れ」という全体性と一体になり、この宇宙そのものを楽しむ道です。そこにこそ、僕の発展や拡張があり、そのために日々、自らに湧き上がる想いや願いをそぎ落としていく必要があるのです。自らの想いをそぎ落とすことで大いなる流れと和解し調和する。風邪という都合の悪い出来事はそんなふうに生きていくことの再確認の機会となりました。

今もまだ残る頭痛。それは思考を超えよう!!!というメッセージと受け止めています。

常日頃から「頭で考えるのではなく、信じて歩んでいくと、後からその意味が示され解る」と語るいさどん。以下の絵はそんないさどんの話を聴いたジョイさんからいさどんに手渡された本の表紙です。



泥のようにも感じる自分の都合の悪い出来事。それは自分の段取りや思考を超えるきっかけを与えてくれます。段取りや思考を超えて信じて歩いていく。その先に美しい蓮の花が咲くのでしょう。

泥の中で自分の都合をそぎ落とし美しい花を咲かせますね(^-^)

そぎ落としにより岩戸成る

岩戸成る時代


2019年元日に新天皇即位という記事を新聞で読みました。新天皇が即位した時、元号は新たなものとなるので、平成は30年で終了することになりそうです。その話題に触れている以下のブログ記事はとても興味深いものです。

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現在の元号である平成は「内外、天地とも平和が達成される」という意味でつけられたとも言いますが、裏にある神の意図では、平成とは「イワト(平=一八十)成る時代」とも言われています。



確かに、昨年2016年夏至をもって「夜明けの晩」は明けて岩戸開きは完成したとも言われ、その翌月にタイミングを見計らったかのような突然の生前退位のリーク、8月には正式に天皇陛下のお言葉発せられましたが、平成とは長い長い1つの大きな仕掛けが完成する最後の元号であったのかもしれません。


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岩戸開きとは太陽の神様、天照大神(アマテラスオオミカミ)を巡る神話です。高天原にある天の岩戸にアマテラスがお隠れになり、この世は闇に覆われます。その岩戸が開かれ、この世に光が戻ること。それが岩戸開きです。平成=イワト成る時代とは、岩戸開きが成る時代であり、それをもってこの世界に再び光が取り戻される時代と言えます。

平成の始まりの頃を思い出すと、ちょうどバブル経済が終焉を迎えた時期です。その後、山一証券など大手金融機関の経営破たんがあり、最近では東芝の不正会計や巨額損失が話題となっています。平成になって戦後復興から経済成長に至る間に積み上げた歪みが噴き出しています。それは資本主義の行き詰まりを表しており、新しい価値観が必要とされているのです。

そんなことを大人ミーティングで話した時、いさどんから「30年は土星の周期とほぼ同じで、土星はそぎ落としを表す星」という言葉が出ました。平成はそぎ落とし。そぎ落とすことで新しい時代を迎えるのです。

安倍首相は経済最優先を掲げ、経済成長を成し遂げようとしていますが、それは時代と逆行した取り組みであり、上手くいかないことは明らかなのです。それにも関わらず、多くの人が安倍首相の経済優先を支持しています。それは過去の時代に執着し、現実から目を反らしているからでしょう。

経済活動は人の約束ごとの上に成り立ちますが、それは人々の心の反映です。人々がもっと多くを・・・と望んだ結果が資本主義の発展であり、物質的繁栄を生み出しました。ですが、それは同時に競争により対立や格差を生み出し、人々の心に不安や嫉妬、優越感や劣等感を増大させていきました。それでも人はまだもっと多くを・・・と望んでいます。

ですが、この世界には人の約束を超えた天の流れというものがあります。天の流れは新しい時代へと向かっています。過去に執着している人々は天の流れにそぎ落とされていくことでしょう。

だからこそ自らの意志でそぎ落としていくことが大切です。それは物質だけでなく心も同様です。心の中の余分なものをそぎ落とし、自分を空っぽにしていく。そして天の流れを感じて生きていく。その時、そぎ落としが岩戸開きとなり、自分に光がもたらされるのです。

自分のそぎ落とし


僕は昨年の10月、いさどんから以下の言葉を貰っています。

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「なかのんのブログに書いている事は仕上がってきてはいるが、
実際の心情についてはまだ仕上がっていない」という事でもある。
微妙な所だけど、ブログには「僕にはこの道しかない」となかのんは宣言している。
心情的には何かが残っているんだけど
「僕にはこの道しかないから、辛くても行きます」
というような事になると、目指すものと違う。
目指す所は、「人間を磨いていくと磨くことによって次の次元、
高い意識になって自ずと新しい現象に出会う、
自ずと過去に自分が思ってた事が叶うという事がある」という話だよ。
それは、目指していく事でもなければ、
それが尊い事だからといって我慢していくという事でもない。
それでは目指す所と違う世界になってしまう。



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そして同時に「なかのんは自分の担当以外のことを全然考えていない」という言葉も貰っています。これらの言葉は僕にとって大切な課題であり、成し遂げるためには自分をそぎ落としていく必要があるのです。だからただただそぎ落としていきます。そして、自分の岩戸を開き、僕は光となります。

火の鳥となる


ところで、今年の干支は丁酉(ひのととり)。丁(ひのと)とは火のことで今年は火の鳥の年です。火の鳥はフェニックス寿命を迎えると、自ら薪から燃え上がる炎に飛び込んで死ぬが、再び蘇えります。死と再生を繰り返す鳥。それは生命の本質そのものと言えます。時代の変わり目。僕は今、火の中で自らを灰とし、光となって再び蘇える。そして余分な心は常に燃やし続ける。それは天と共に生きる道なのです(^-^)


1月8日どんと焼きにて






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