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宇宙を生きる(2)

いさどんブログ「21世紀のいのちの捉え方」にはこんな言葉があります。

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死を迎えることは、人生の区切りをつけ、次のステージに行くことでもあるのですから、亡くなった人を見送る人たちは、死者に対して、「こうだったらよかった」「ああだったらよかった」と考えるだけでも、その人が次のステージに行くための後ろ髪を引くことになるのです。

生死の流れからすると、亡くなった人たちは必ず次へ行かなければいけないのです。ですから、そこでは未練を持つのではなく、その人との出会いから感情を入れずに学ぶことが大切なのです。学ぶことがその人の死を生かすことになるのです。

生きている者からすると、その人の生き様を見せてもらったのですから、「あの人はこう生きてこのような結果を迎えたのだから、自分はこのように生きていこう」と自らの生き方につなげ、学ぶことが、人の死を生かすことになるのです。どんな人の生き様であっても、それが殺人者であろうが、自殺した人でも、一つ一つの事例として残された人に見せてくれているのです。

よくある話として、余命3ヶ月と宣告されると、「どのようにその期間を過ごしたらいいのでしょうか?」という質問をご家族から受けることがあります。その時に僕が答えるのは、その人が亡くなっても、その人の生き様(人生経験)は残った人たちの中に生かせるということです。ですから、生きている間にその人を観察し、なぜ今のような状態になっているのかを理解した時に、その人の人生を自分も生きたと捉えることができるのです。
わたしたちは自分ひとり分の人生を歩んでいますが、縁の近い人の生き様は身近で赤裸々に見せてもらっているのですから、それを自分も経験したと同じように捉えることができるのです。ですから、そこから学び、自分のこれからの人生に生かすと、死は世代を超えて生き続けることになるのです。

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この言葉は身近な人の死について語っていますが、日々ニュースから流れる死についても同じことが言えると思います。2年前の今日、パリで同時多発テロが起きました。当時の僕はこのニュースに大きな衝撃を受け上記の文章を踏まえ以下のように書きました。

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人の生死を客観的に捉え、そこから学ぶことが大切です。今回の事件もそんなふうに生かされた時、犠牲者も安穏なる気持ちで次のステージにいけるのだと思います。

僕は客観性に基づく祈りを捧げます。

そしてこの事件を未来に生かしていきたいと思います。

客観性の中で、すべての存在は大いなる循環の中で生かされていきます。一人一人が自分の立場を離れて客観性を育んでいくことが大切です。世界で起きることは常に自分自身への問い掛けとなるのです。


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あれから2年。テロがなくなることはなく今年もパキスタンやソマリア、スペインなど様々な地域でテロが起き続けています。それは人類がテロという悲しい出来事を学びとして生かせていないからだと思います。学びとして生かすためには、それぞれの立場を離れ、過去から未来へと続く流れの中で出来事を捉えていく必要があります。そんな取り組みとして歴史的視点、そして貧困や格差、宗教の違いなど構造的分析がなされていますが、その奥にある一人ひとりの心にメスが入っていないのです。

たとえば「命には囚われない悟り(2)」で取り上げているクラウドアトラスの主人公は、公式ホームページで「世界を救うまでに魂が成長した男」と紹介されています。ですが彼のした行為は、肉親への愛着や執着に基づくもので、敵対するものを悪とし殺害するというものです。映画では全く触れられていませんが、敵対し殺害された人たちにも家族がいて、そこには同じように肉親への愛着や執着が存在するはずなのです。悪とされ排除された側には憎しみが生まれ、その憎しみは人をテロリストへと導く可能性を秘めています。

肉親や身近なものへの愛情から敵対するものを排除する。

もし多くの人がこんな物語を英雄物語として受け入れているとしたら、その心が世界にテロリズムを生み出し続けているのかもしれません。

一人ひとりの心の総和が世界の出来事を生み出しています。だから世界で起きていることを自らの心の反映として一人ひとりがしっかりと向き合うことが大切なのです。そんなふうに生きる時、現象の奥に流れる天の心が見え、この世界の奥深さに気づきます。

その時、人は宇宙と一体、宇宙を生きるようになり、真の調和が実現するのだと思います。

いさどんさつまいも収穫





世界のみんなと悟りを共有する

宇宙創成のプロセスは、「ヒ・フ・ミ・ヨ・イ・ム・ナ・ヤ・コ・ト」という数理で表すことができる。その始まりである「ヒ」から最終の「ト」までのプロセスを理解し、それらを統合して成り立つ存在が、ヒトだ。それが時代人(じだいびと)であり、時代主義(Eraism=エライズム)を生きる存在だよ。

~ 中略 ~


ヒトというのは、人間という地球上で物理的に進化してきたもののことではないんだよ。それは、物理的に進化してきたものが最終的に到達する目的地点であり、宇宙にはもともとヒトという意識レベルの存在があったはずだ。なぜなら、ヒトとは宇宙の仕組みをマスターした存在を言うのだから。
ついつい人間たちは、ヒトのことを人間と勘違いする。人間とヒトでは、定義が違う。ヒトは形ではない。宇宙の法を理解し、マスターした存在をヒトと言うのであり、それは目覚めということでもある。


~ 中略 ~


宇宙は奇跡の連続だ。なぜなら、もともと人間の思考のキャパを超えたところで成り立っているのだから。だから宇宙を生きるという意識レベルを考えるのならば、科学や理屈を超えたところでものごとを受け取る器を持つことが必要だ。そうでなければ、真実は観えてこない。それには、人間壊しをすることだ。人間を壊して、ヒトとして存在する。それがヒトイズムだ。




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上記のように語るいさどんですが、人間については、「ヒト」の間(アイダ)の存在とも語ります。「ヒ」から「ト」へと至っていないということです。そして人間は、紙と文字の発明によって二元的思考(平面的思考)をするようになったと語り、平面的思考についてはこんなふうに説明しています。

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3次元世界に暮らしながらも人間は物事を2元的に観ている。それは、出会うこととそれに対する自分の反応で物事を見ているから。それで平面的になっていく。だけれども、その奥にはこの世界を動かしている意志がある。出会うこととそれに対する自分の反応、そしてその奥にある意志。それらすべてを意識した時、この世界を立体的に観ることが出来る。

出会うことに反応することで人は一喜一憂する。それが人間で一喜一憂しなければ生きている意味がない。一喜一憂しながらも、出来事の奥にある意志を感じて、一喜一憂している自分を離れて観る。そして流れをいただいていく。それが生きていることの醍醐味で、人生に翻弄されずに楽しむことが出来るようになる。
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出会う出来事に平面的に反応する人間。そんな人間の特徴を受けて、今年の1月、僕は以下のように書きました。

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出会うことに反応する人間。その時、人は出会う出来事を固定して捉えています。

紙や文字が発明されることにより人は記録を取ることが出来るようになりました。一つの形にして残しておく。書かれた言葉は変化せずに残り続けます。それは変化を本質とするこの宇宙の法則からしたら異質なことなのだと思います。

固定された記録。それが人に囚われをもたらし、一喜一憂することになります。ですが、この世界で出会うことはすべてプロセスの中にあり、本来、固定はされずに流れ続けていくのです。出来事の奥にある意志を感じた時、その流れが見え、自分を固定から解放することが出来ます。

出会う出来事の奥を探求する」より


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物事の表面だけを見ていると、出来事は現在だけに固定され、そして違いが際立ちます。例えば、「ヒト」と人間についてのいさどんの言葉ですが、「定義が違う」と語ったり、「ヒトの間が人間」と語ったりしています。表面だけ見ているとそこに違いを感じるかもしれませんが、その奥を見ていくと、同じこと、共通した想い、「ヒト」へと至る大切さを語っていることが見えてきます。

今、この瞬間の出来事の奥には、過去から未来へと続く宇宙の流れが存在しています。「ヒト」となり宇宙の法を理解し、物事を立体的に捉えるようになった時、すべての出来事が一つの流れに集約されていくのです。そこでは善悪の違いや他者との対立はすべて解消されていきます。

善の中に悪があり、悪の中に善があります。善悪は自我(エゴ)の生み出す偏りであり、行き過ぎたエゴが善と悪という一対を生み出し対立していくことになります。

ミサイル発射、核実験などで国際的に非難されている北朝鮮ですが、北朝鮮からすれば、それは自衛の手段であり、アメリカをはじめとする核保有国の脅威を感じていることでしょう。テロリストであるISは様々な残虐行為を行っていますが、それを生み出したのはアメリカによるイラク進攻であり、もっと遡ればイギリスによる中東への侵略へと至ります。

各国のエゴが自国の利益を追求し、それが善悪という一対を生み出し争いへと発展しているのが現代社会であり、物事の奥を見れば、すべての人間に共通するエゴが見えてくるのです。だからこそ、今大切なのは、人間一人ひとりがエゴを超え、「ヒト」へと目覚めていくことなのです。それが宇宙の流れが示すメッセージであり、僕は心を磨き、木の花ファミリーのみんなとそんな暮らしを生み出していきます。

文字は世界に固定を生み出し、そして平面的思考へと誘います。それでも書き続けるのは、文字には広がっていく力もあるからです。そして、人は文字という固定したものをきっかけに、その奥を感じることも出来ます。行間に心を込め、そしてそれを感じあって、また新たな言葉を生み出していく。すべてをプロセスの中で立体的に捕らえていけば、文字だって「ヒト」へと至るにきっかけとなるのです。

世界のみんなと悟りを共有する。

そんなことを夢見て、僕は書き続けていこうと思っています(^-^)

富士浅間木の花祭りに登場する榊鬼、心磨きの象徴とも言えます。


宇宙を生きる

9月23日、秋分の日、改修中だったおひさまハウスひまわりのホールが使えるようになり、2ヶ月ぶりにみんなで一緒に夕食をしました。秋分は天体の節目。その動きに呼応し、みんなで心を合わせました。

食前、みんなで一緒にお祈りをしています。

その後、僕はいさどんによるケア滞在者との面談に同席しました。そのケア滞在者は理屈っぽいところのある人なのですが、彼に対して、いさどんは以下のように語りました。

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理屈っぽい人は理屈で先に結論を出す傾向がありますが、それは良くないことです。そうすると「あなたはなんでそんなふうに断定するの」となって人間関係が壊れていく原因にもなりえます。結果は常に現象をもって判断する必要があります。大事なのは常に努力していくことで結果はいただくものです。やってみること。試すことは必須です。理屈をこねる人は、結果を想定し、そこに持っていこうとするのだから、それは傲慢とも言えるのです。いただく姿勢が大事です。

人に対しては、相手の行動をあなたの理屈の中で分析しようとしています。分析してはいけません。相手には相手の好き嫌い、モードがあります。理屈なしで生きていきたい人もいるし、理屈抜きでやり取りをする必要がある場面もあります。それを無視すると、相手があなたを避けて通るという現象になって表れます。相手を感じて相手に合わせて接していく必要があります。そういうことは、相手の目線を意識するとだんだん分かるようになります。人にはそれぞれ生きてきた経緯があります。それを理解することです。これは無理に合わせるということではなく、人はそれぞれ違うということを理解し、それを踏まえて行動することが大切なのです。

あなたは「どうせ理屈で分かり合えないのだからいいや」と言いますが、そこに投げやりな姿勢を感じます。その状態だとお互いに嫌な感情を残します。どういう結論が出るにしてもその場の出来事を完熟させ、しこりのない状態にする必要があるのです。違いがあるならば、お互いの違いを認め合って終わりにする必要があります。

ところが、あなたの場合、自分の理屈を通そうとする結果、勝ち負けになる傾向があるのです。相手に理屈で勝とうとしています。それは、トランプ大統領と金正恩氏と一緒です。2人はお互いに、相手を否定して自分を立てようとしています。それをとことんしようとしてどんどんエスカレートしているのが今の状態です。今まで、アメリカの大統領はそれをしなかったから北朝鮮を育てたとも言えます。だから悪いことばかりではないのかもしれませんが、あまりにも過激になると取返しがつかないことにもなりかねません。そこで理性、人としても道が問われるのです。しこりがないように完熟させる必要があります。そのために相手を理解し、自分を手放す姿勢が必要となるのです。

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ケア面談の話題は最近の北朝鮮にも及びました。そして、その後の大人ミーティングでは、いさどんブログ「天の川銀河と対話して~北朝鮮を語るPARTⅡ」をみんなで読みました。以下、一部を引用します。

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今、北朝鮮は核兵器を持つことによってアメリカと対等になろうとしているが、そもそも地球上の今の核兵器バランスというものはどのような形で始まったのかといえば、核不拡散条約により、核兵器を持つのは良心的で優れた国とされているアメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国。この5ヶ国は核兵器を持ってもいいが、これらの国は平和のために持っている。しかし、他の国はならずもの国家で、核兵器を保有したら何をしだすかわからない。平和の脅威だ。だから、5ヶ国以外の国には持たせないという話なのだ。しかし、そもそもこのような核兵器はなしにするべきだったのに、自分たちだけが善良な国で、あとはならずものだから持たせないという話にしてしまった。

核兵器というものは、隣りが持っていると不安だからといって、アメリカが保有したらソ連も持ち、ソ連が持ったからイギリスやフランスも持ち、それで中国が保有したら対抗してインドも持った。それでインドが持ったら、今度はパキスタンが持ったんだよ。そうすると、中東諸国に囲まれているイスラエルは事実上核兵器を持つことになった。

つまりこの状態は、自分の主張が通ったものが善良で正しいという考え方だ。そうすると、北朝鮮のように核兵器だけを持っているのではなく、今は経済と軍事力の時代だから、経済も核兵器も両方持っているのは、アメリカだ。だから現状の世界は、アメリカが自らの尺度で「これはならずものだ」「これは善良だ」「仕方がないからこれは認めよう」と判断しているという姿になっている。

そのような世界に平和が訪れるわけがない。そうすると、北朝鮮の主張もわからないわけでもないという話にもなるだろう。

 ~ 中略 ~

人間は、自分の見える目線から判断し、認められるものを正しいとする。それが認められない、もしくは理解できなければ、間違っているとする。その徒党を組んだ極めつけが国家だ。

しかし、伝統的な暮らしも、動植物の個性も、地域による文化の違いもすべて多様性を認め合って初めて、平和がある。ところがグローバル化によって、人間の豊かさの価値観が単一化してしまった。そこで、お金があって欲しい物が手に入るアメリカ型豊かさだけが豊かさになっていると、それを阻害するものは悪で、そのようなものたちが築き上げてきた多数決の世界観が正義になっている。それが現代の問題を生んでいるのだ。そのような価値観はこれまで爆発的に広がってきたが、それは地球の多様性という生命世界からしたら、非常に貧しく単一的な世界だ。そのツケが今、世界中に現象化してきているのである。

そして、その単一化された価値観を阻害するような今までの動きも、実は宇宙からのメッセージであり、その矛盾を人類に示しているとも言える。「ひずみがあるとこうなるよ」と。逆に、ひずみを消すと悟りに向かっていくのだから、悟りに至ることはある意味味気ない世界とも言える。そういったことを宇宙が教えてくれている。


その宇宙の意志が観えるものになること――。それを今の時代に生きる人々に伝えたい。

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この日は秋分の日、その天体の配置が「最後の審判の始まり」を意味するとも言われています(「魂の本当の価値が試される時」参照)。僕は大人ミーティングでそんなことを紹介しました。その僕の言葉を受けて、いさどんは以下のように語ります。

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世の中には知識が豊かな人がいて、それが語られています。例えば、「最後の審判」の話です。こんなふうに語られてみんな分かりますか?天を見て判断出来ますか?僕はこういう話を聴くと「すごいな」と思います。ですが、それが人々の目覚めには繋がっていきません。僕自身はそういう知識はないけれども、9月になったら違うと感じ宣言をしました。そしてその節目が秋分でこれから現象化が進んでいきます。大切なのは、何も知らなくても宇宙のリズムときっちりと合っていくことです。

先に読まれたブログ、あれは銀河との対話が元になっています。翌朝、突然、渡り鳥をタモ(網)で捕らえる映像が現れ、そこから北朝鮮、世界平和の話へと繋がっていきます。これは最初からこういう話をしようとして組み立てられてものではありません。自分で意図した思考ではなく湧いてくるものです。

宇宙をひも解くことも、宇宙を科学することも大切ですが、一番の大事は宇宙を生きることです。それは天体の動きが日常の自分に繋がるということであり、優れた心が優れた現実を生み出し、愚かしい心、宇宙の法から外れた心は矛盾を発生させるのです。生活の中に宇宙を生きるということを表現する。それは自分を空にして「いただきます」ということであり、宇宙のスケールで生きることで現象化をスムーズにしていくのです。そこには難しい話はいりません。

その人の意識レベルで観たものがその人にとっての正解です。ですが、それをやっていたら狭い生き方です。自分の視点を超えたところに自分を持っていったら、新しい自分と出会えます。

僕は思考をしていません。僕の話はどっかから来て勝手に出て来るものです。自然にそれが湧き出してくる状態、囚われのないフリーな状態で宇宙を生きているのです。

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現代社会では、多くの人が自らの思考に囚われ理屈っぽくなることで数々の問題が発生しています。そこを超えるためには自らを離れ、他者を理解すること、多様性を認め合うことです。その姿勢で先に進み結果は現象をもって判断していく。そんなふうに生きていくことで未来は切り拓かれていくのだと思います。それが木の花ファミリーの生き方であり、その先には希望があります。


魂の本当の価値が試される時

今日、9月23日は秋分の日です。滝沢泰平さんによると今日の天体の配置は、「最後の審判が始まるタイミング」を表しているようです。以下、天下泰平ブログ「ピラミッドのカウントダウンとヨハネの黙示録」から引用します。

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ヨハネの黙示録の第12章には、最後の審判の前に出現する天のしるしについて記されています。

12の星の冠をかぶり、太陽をまとい、月を踏む1人の女性が天(宇宙)に出現すると。


そして、その女性は妊娠しており、やがて男の子供を産むとも書かれています。

この物語、実は聖書の書かれた当時における未来の宇宙天体図を予想しており、宇宙の天体で上記のような配置となったら、いよいよ最後の審判のタイミングとなることを意味しているようです。

さて、奇しくも、この宇宙天体図は今現在の宇宙の配置とぴったり一致しており、あらゆる条件が一致するのは2017923日の秋分の日であると言われてます。

地球から見上げた宇宙には、乙女座の女性が横たわっており、彼女の頭に獅子座の9つの星と金星、火星、水星の3つの太陽系の惑星が加わって12の星の冠となります。

そして、肩から太陽をまとい、足の下にはがいます。

妊娠の象徴となる胎児の役割を持つのは木星。

この女性は、聖母マリアであり、木星であるイエス・キリスト、救世主を生み出すのですが、20161120日から木星は、恒星の乙女座の子宮に入ったのでした。

人間の妊娠の長さは42週間。

20161120日から42週間後、201799日に木星は乙女座の子宮から飛び出して出産されたのでした。


黙示録の解釈では99日から2週間後が大事なようで、923日は黙示録の解釈から「いよいよ最後の審判が始まるタイミング」と言われています。

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この他にも、今日を最後の審判の開始と考える記事を見かけました。

最後の審判の解釈には諸説ありますが、共通して「魂の本当の価値が試される時」と言えるのではないかと思います。真実が暴かれて、その真実に基づいてすべてのものが判断されるようになっていく。これからそんな「トキ」がやってくるということだと思っています。

そんな秋分を迎えて、アメリカのトランプ大統領の国連での演説が大きな波紋を広げています。トランプ氏は、金正恩氏を「ロケットマン」と呼び、やむをえない場合は北朝鮮を「完全に破壊」すると述べましたが、それに対して、北朝鮮側は、「史上最高の超強硬措置」として、太平洋上での水爆実験をちらつかせています。

加えて、トランプ氏はイランやシリア、ベネズエラなどを「ならずもの独裁国家」と名指し、イランとの核合意からの離脱を示唆し、それらの国々から反発を受けています。

アメリカ第一主義を掲げ言いたい放題のトランプ氏。その言葉は様々な軋轢を生み出していますが、それは今まで隠れていたものが浮上してきているだけとも言えます。例えば、フランスのマクロン大統領は国際的対話と多国間主義の必要性を訴えトランプ氏に異を唱えていますが、フランスの実体はそれほどきれいなものではありません。9月20日、核兵器禁止条約の署名式典が開かれ、51の国・地域が署名しましたが、アメリカ、フランスをはじめとする核の保有国、そして核の傘の守られている日本などは署名していません。フランスが本当に国際的対話、多国間主義を大切にするならば、今すぐにでも核兵器禁止条約に署名するべきでしょう。結局、マクロン氏の言葉はただのきれいごとであり、その奥には自国第一主義があるのです。国際社会は今までそんな言葉で彩られ、多く人々はその言葉によって現実から目を背けてきたのです。トランプ氏はそんな国際社会の真実を暴く役割をしているのでしょう。

そのような中、本当に大切になるのは魂の価値を積み上げることです。それが心磨きであり、僕はかつて以下のように表現しています。

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魂は生まれてきて自分に相応しい肉体と出会います。そして、両親に出会い、身内に出会い、友や仲間と出会って行きます。その中で感情が育まれていきます。すべては相応しく与えられる出会いであり、その出会いを通して魂は自分を知っていきます。

僕たちの本来の姿は魂です。肉体や感情は相応しく与えられるものであり、それを通して自分を知る材料であり、だからこそコントロールすることが出来、その変化を通して魂も変化していくのです。


この視点に気づいた時、魂はすべての出来事から離れ、自由となり∞(無限)の可能性へと開かれていきます。∞(無限)の世界の中で魂を成長させていく。それが心磨きです。

この視点は完全にニュートラル(中立・中庸)なものです。なぜなら魂の世界は人間社会の善悪や価値観を完全に超えた世界だからです。それらを超えた価値、あらゆる価値観を超えたニュートラルな価値があり、それを積み上げていく。それが魂の成長であり、心磨きです。

僕は今、こんなふうに感じています。

魂の成長。それはこの世界の本質に気付き、自由になっていくことであり、自らの思惑から解放されていくことです。それは今まで自分が身に着けてきた反応パターンのそぎ落としです。一つのパターンがそぎ落とされた時、自分自身の感情、そして出会う現実が変わっていきます。どんなふうに変わるかは変わってみなければ分かりません。だから、これは思惑を超えた世界であり、変化は自ずから起きるもの、変化を起こすのではなく、変化をいただく生き方なのです。




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2017年秋分。最後の審判の時を迎えて、いよいよ人の理ではなく、天の理のもと時代は動いていきます。だからこそ、人間の社会の善悪や価値観を超えた魂の価値を積み上げることで、そのダイナミックを楽しむことが出来ると思うのです。それを示すのが僕ら木の花ファミリーの暮らしです。これからの時代。ますます心を磨き、魂の価値を積み上げることが大切となります。

木の花ファミリーのみんな@2017年7月26日マヤの祭典です。






本当の意味で願いが叶っていくこと

再びミサイルを発射した北朝鮮。これはタイミングからして国連による制裁決議に対する抗議なのだと思います。この北朝鮮についていさどんはこんなふうに語っています。

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北朝鮮が今やロシア、中国、アメリカに匹敵する核武装をしています。それは水爆を核弾頭に搭載するということ。そういう世界の軍事力のトップクラスのところの技術を持っている可能性があるという話ですが、これ画期的なことです。何が画期的かと言ったら、覇権を握る国、世界を支配している国々が自分たちの覇権を維持するために核を持って世の中を支配してきました。だから他の国には持たせません。俺たちは持ってもいいと。ところがとんでもない国が持ったということはそのバランスが崩れるということです。覇権を持っている国々にとっては恐ろしいことです。ましてや、その傘の下にいる日本にとってはとんでもないことです。自分たちは核を持っていないけれども、その脅威がそばにあるのだから。だから、これはすごいことなのです。今までの流れをぶち壊すということでは画期的なことがおきています。今までと同じ、ただ抑えればいいということでは通用しません。それでも抑えていくと、もうどうでもいいわ、そこまでやって俺の国を潰そうとするならやれるだけのことをやって、それで潰れようじゃないかって開き直ったらえらいことがおきます。そういうことを冷静に考えたら、ちょっと待てよ、とロシアや中国がなるからアメリカの思うようにはなりません。

思う通りにならないと思う通りにしたいという心が湧いてきます。思う通りにならないからいらいらするから思い通りにしたいと。だけれども、思う通りにしたら大変なことになるとは考えません。抵抗があると行きたくて仕方がなくなります。抵抗がなければまだ冷静に考えるチャンスがあるんだけれども。抵抗があると冷静に考えるチャンスを失います。今のアメリカはそんな状態にあります。

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今、核兵器を持っている国々も過去に核実験を繰り返してきました。そして、数々の被爆者、そして環境破壊をもたらし、それは負の遺産となって今でも残っています(「核実験」や「核実験の悲劇の地 南太平洋の体験」を参照)。今、核武装国が持っている優位は多くの犠牲の上に成り立っているのです。そんな国々が北朝鮮に対して偉そうなことを言えません。それぞれの国の利益を離れたら、そんなことは明白です。

だけれどもアメリカは北朝鮮を思い通りにしようとして経済制裁を強めています。そこには面子や自国の利益など様々な要素があるのでしょうが、それは鎧を着ている状態と言えます。どの国も鎧を着て、自分たちをの利益を守ろうとして対立に繋がり不安や恐怖に襲われているのが、今の世界の姿と言えます。

そしてそれは一人ひとりに人間についても言えます。

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本当の生きる道を見つけるためにはいろいろな鎧を着ているのを脱がなければならない。そうしないとこれが本当だと言う道には出会えない。

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これもいさどんの言葉ですが、今、多くの人が鎧を着て自分を守ろうとして、その結果、孤立や対立が生まれ、将来に対する不安や恐怖を感じているのではないでしょうか?一つ一つ鎧を脱いでいった時、全く違う世界が展開します。そんな世界についていさどんはこんなふうに表現しています。

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我々は常に宇宙を高速で旅していて、二度と再び来ることのない無限なる新たなる道を行っています。それは進化。常に進化しているのです。我々は命。命というものは常に新陳代謝を繰り返します。古いものを自然に還して新しいものをいただく。同じ状態ではいません。それが生命の法則であり、宇宙の法則です。意識も同じである必要があります。

宇宙の流れは、地球上どこでもその法則は流れています。それをキャッチして、それと意識を合わせて、意識を合わせるということは自分ごと(自分の利益や損得)に走らないということで、高次の意識でそれをいただきます。そんな世界を表現出来ることが大事なのです。

そうすると、普通に生きているだけで「豊か」がそこに発生します。日常の中にいい流れだねという話があって物語のように続いていきます。それは天の流れに沿っているからです。

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物語のように繋がるいい流れだねという話。そんな例がいさどんブログ「生きることの奥にある人生の原点に出会う」に描かれています。是非、読んでみて下さいね。

ちなみにここで紹介しているいさどんの話、別の意図でみんなを集めた時になされたものです。意図は別だったのですが、いさどんの周りにみんなが集まり豊かな時間となりました。思いがけずに出会ったもので、思い通りにならないことから生まれた豊かさです。そこにも自分たちに相応しい宇宙の流れを感じました。

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本当の意味での願いが叶っていくことは、自分が望んで獲得するのではなく、自然に与えられ、その流れに沿って生きていくことなのです。

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これは先に紹介したブログでいさどんが語っている言葉です。そんなふうに生きてみたいと思っている方にお勧めの講座が『1ヶ月間の真学校』です。共に学びを深めませんか?






集い語り合う中から生まれる真理

北朝鮮が核実験を実施し母なる大地を震わせた9月3日、木の花ファミリーでは稲刈り神事が行われ、大地からの収穫に感謝を捧げていました。自分たちの利害や損得で勝手気ままに振る舞い続けている人間ですが、大地は恵みを与え続けてくれています。

太陽や自然は見返りを求めることがありません。ただ与え続ける利他の精神の見本となっていますが、それがずっと続く保障はどこにもありません。実際に今、各地で異常気象が起こっています。

人間は自分の意志で生きていると思いがちです。そしてその心が傲慢な行動へと繋がりますが、この世界に存在するものは皆、自然や他者に生かされ存在しているのです。

お米をはじめとする作物はそんなことを教えてくれます。



ところで北朝鮮は核実験の前にミサイル発射を繰り返していましたが、それについては、以下のような説もあるようです。

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ワイドショーやニュースは北朝鮮からミサイルが飛んできたと大騒ぎしますが、大企業の経営者や銀行の幹部達は全然あわてていません。

なぜなら、北朝鮮という国がアメリカやニホンから何兆円もの援助金をもらっていると知っているからです。

そして北朝鮮はその御礼として定期的にミサイルを発射し、これによって国は「危険な状態ですから防衛予算を引き上げましょう」と国民を説得し、アメリカはニホンに武器を売ることができるわけです。


このように各国の支配者が連携して国民をだます嘘の劇を「ドラマトゥルギー」と言います。


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この話が本当かどうかは分かりませんが、仮に本当だとしても人間が地球上で勝手気ままに振る舞い地球を痛めつけていることは事実です。そして、一つボタンを掛け違えたら戦争に発展しないとも言えません。今、人間は自らの愚かな振る舞いによって自らを滅ぼす可能性すら持っているのです。

例えば、上記の話を信じる時、その奥にはどんな心があるかを見てみるといいと思います。もし騙されていたとしても攻撃されることはないことになります。そこからほっとする気持ちが生まれるかもしれません。もしくは、今の世界の酷い状況を一部の支配者に擦り付ける気持が生まれるかもしれません。どちらにしても今の世界の状況に対して責任を負わないことになりますが、その姿勢が今の世界を生み出しているとも言えるのです。

9月3日の夜、僕たちはみんなでいさどんブログ「八人目の聖者~道は一つ、心は一つ」を共有しました。以下、その一部分を引用します。

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尊きものを見つけ、そこに行き、
救われることよりも、自らが尊きものとなって、
他を救えるようなものになれ。
これからは、ひとりびとりがイエスやブッダであるぞ

 ~ 中略 ~

お釈迦様が、
「ガンジスの川の砂のごとく衆生はおる。
そのすべてに仏性あり」と言われた。
「どんな人間の中にも、仏になる種が入っておるぞ」
というふうに言われた。
それはよくあるお釈迦様の言葉として、
世の中にもそれを知っている人は沢山いると思う。
しかし、僕にお釈迦様は、そのあとの言葉を言われた。
「ただし、その道を歩んだものにだけな」と。
「すべてのものの中に真実の種があり、
すべてのものに悟りへ行く道があるんだけれど、
その道を歩まないものにはないぞ」と言われた。

そして、
「これからは、ひとりびとりがイエスやブッダであるぞ」
ひとりびとりが自分の中にある、
宇宙の中心からくる神性、真理の種を開花させて、
自分の中から光を外にほとばしらせる。
そして、人に救われることばかりのもの、
亡者として生きるのではなく、
自分の中から光を出して他を救えるようなものになる。
自分で自分を救えるもの。
それが連鎖していけば、誰も救われる必要がない。
ひとりひとりが目覚めて、
キリストとしてブッダとして人々があったならば、
この世界は救うものも救われるものもなく、
それこそが理想の世界。地上天国になる。

 ~ 中略 ~

ベトナムの僧侶、ティク・ナット・ハンが言った言葉、
「次のブッダは人間の姿で現れることはないだろう。
次のブッダはコミュニティの姿で現れるだろう。
それは他者を理解しようと努め、
互いを慈しむ優しさを持ち、
大事なことを常に意識しながら、
人々が暮らすコミュニティである。
これこそ地球の命をつなぐために私たちにできる、
最も大切なことではないだろうか」
という言葉にもつながる。

僕は、瞑想の時代にお釈迦様に問うた。
「こうやって私もいつか人々の心の問題に答えながら、
人々が集まり、組織ができ、
新興宗教の教祖のようになるのでしょうか。」
そうしたら、お釈迦さまが言葉を返されて、
「これからの時代、組織をつくるのではないぞ。
人々が集え。集い語り合え。
語り合う中から真理が生まれる時代である。
そういった中から世は開かれる」と言われた。
「そのひとりひとりはすべて今の仲間、
そして地球にいる仲間たち」、

そこに気づくことができた。

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今まで多くの人が他者に救いを求めてきました。宗教に救いを求めたり、政治や経済に救いを求めたり、環境の変化により自分が救われることを求めてきました。そして、今の状況に責任を負わず、自我の赴くままに行動して来ました。その結果が今の世界の姿です。

自我の赴くままに。人は自我から生まれる欲望に翻弄され続けてきました。

これからは一人ひとりが目覚め、自らに柱を通し、自らを救っていく必要があります。柱とは自我から離れた視点、この世界の法則、循環の中で支え合い生かし合う暮らしです。その暮らしの中で自我は溶かされ世界へと流れていきます。それが集い語り合う中から生まれる真理であり、その真理は固定したものではなく次から次へと新しく生み出されていくものです。それが、木の花ファミリーが表現しようとしている世界であり、世界を真理の光で照らしていくのです。

北朝鮮の暴挙。これは金正恩氏が自我の赴くままに行動し、自我に翻弄された姿です。

その自我は、人々(国々)が繋がりを取り戻した時、大いなる循環の中に溶かされていくことでしょう。



ただ出会う感情を楽しんでいく

出会う出来事を感情を挟まずにいただいていくように、出会う感情も感情を挟まずにいただいていく。それは感情から自由になるということです。出来事をいただくということは我慢とは違います。常に感情から自由でニュートラルである必要があります。

過去に滞りをいただいた時のことを思い出すと、大抵、何らかの感情に飲み込まれていることに気づきます。それは自覚している時もあれば、無自覚の時もあるのですが、感情が物事を見えなくさせているのは事実です。

自らの感情を表現しながらも、それを離れて眺めて、どう展開していくかを楽しんでいく。そんな姿勢が大切なのだと思います。この世界の中のものはすべて変化していきます。ならば感情も変化していくのですが、感情に飲み込まれてしまうと、それが絶対になり感情を満たすことに心を奪われていきます。そして、感情に翻弄され、それが出来事にも影響し右往左往することになります。

出会う出来事が自分の今までの生き方の結果であるように、出会う感情も自分の今までの生き方の結果です。それは自分に相応しく与えられています。そして、今の自分の感情が未来を生み出していきます。だから常に自分自身を見つめ導く必要があります。

変化変容がこの世界の法則です。その法則に自らの感情を委ね、出会う感情を楽しんでいく。そして感情が生み出す出来事をいただき楽しんでいく。そんなふうに生きていけば、きっと自分自身が天の法則の表現となります。

今、世界には多くの滞りが発生しています。それは今までの人類の歴史の結果であり、そこから生まれる感情も同様です。湧きおこる感情のままに行動していたら、今まで通りの世界が展開することになります。

今、北朝鮮がミサイル発射の実験を繰り返しています。

それは今までの北朝鮮や韓国、日本、中国、アメリカなど関係諸国の政治や経済が生み出している結果です。そこに感情的に反応し、そこから判断を下していたら今まで繰り返しとなります。例えば、それに脅威を感じて米軍と自衛隊が共同訓練をすることや外交圧力を強めることから新しい動きが生まれるようには思えません。

今までの自分たちを振り返ることで認識を深め、そこから新しい感情が生まれることで新しい動きは生まれます。きっとそれが滞りの解決へと繋がっていきます。

政治や経済、そして社会の動きは一人ひとりの心の総和です。一人ひとりが日常の中で自分を見つめ導くことで新たな動きが生まれます。それは人間の理解、理屈を超えた動きであり、だからこそ希望があります。どうにもならないと思える状態も変化していくのです。そうだから、ただ出会う感情を楽しんでいこうと思っています(^-^)

(以下、7月22日、早朝の空と富士山です)






未知であるからこそ道

6月になりました。昨年、一昨年と6月を起点にしてしばらく「自分の望み」に囚われた苦い思い出があります。それは僕が抱えていた爆弾で、大きな波に飲み込まれたようなものです。

この課題を達成することで壁を超える
この課題を達成することで新しい世界を切り拓く。

当時はそんなふうに思っていて、そこには決心もあったのですが、その奥には「自分の望み」があって、その波に飲み込まれていただけなのです。自分が設定した課題に向って努力をしてはいましたが、それは囚われた思考の下の努力なので、心はどんどん狭くなっていきます。だから当然のように滞りをいただきました。

波に飲み込まれ、罠に引っかかり盲目となった当時の僕。

その痛みは僕を謙虚にしてくれますが、これ以上繰り返す必要はありません。だから今年は違う道を行きます。未知(みち)の場所に行くからこそ道(みち)と言えます。繰り返しは歩みの停滞。僕はもう歩みを止めません。立春正月にひっくり返り、春分を機にただ出会うことを楽しむようになった今年の僕は、今までとは立脚点が違います。

自分の側から世界を見るのではなく、世界の側から自分を見る。自分に湧き上がる想いは満たすためのものではなく、世界に向けて解放するものです。解放することで想いは変化変容を繰り返しこの世界と一つになっていきます。行動や判断の基準は自分の想いではなくこの世界の流れであり、そこに彩りを与え筋道を通すことです。

そんな視点から1年前の今日に書いた以下の文章を見てみます。

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僕は子どもの頃、誘拐される夢を沢山見ました。
それらの夢はとっても怖かったです(-_-;)。

ある日の夢では、僕は両親と妹と自動車に乗っていました。
その時、かぼちゃの顔をした「かぼちゃマン」が走って僕らの車を追いかけてきたのです。
かぼちゃマンはとっても早くて僕らの車に逃げ切ることが出来ません。
そして、かぼちゃマンは高らかに笑っています。
かぼちゃは当時の僕が最も嫌いだった食べ物。
そのかぼちゃが迫ってくるのが本当に怖かったのです。

プロセスワークでは、子どもの頃の夢を「人生の神話」として捉えています。
それは人の人生を貫く大きなテーマとなるのです。

僕は子どもの頃の夢での中で何度も何度も誘拐されました。
それは、血縁の家族や個人的な繋がりではなく、
もっと大いなるものに導かれて生きていくということです。

大いなるものとはこの世界のすべて。
世界は僕で、僕は世界。
この世界が僕を生み出し、僕がこの世界を生み出している。

だからこの世界に起きることすべてに僕は一人分の責任を持ちます。

それで再び「願い」について思います。
そして、以下のような結論に達しました。

それが道の途上にあるものならば必ず実現する。
なぜなら僕は心の道を極めるから。

それは手に入れようとするものではなく、自然となるもの。

これから価値あるものとして僕のいろいろな思いが表現されていきます。

それが天との約束だから。

ちなみにかぼちゃは今、僕の最も好きな食べ物となっています。
かぼちゃはきっと僕にとって天からの使者なのです(^-^)




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この文章、だいたいそうだなと思えるのですが、「願い」についての結論でおかしくなります。道は未知だからこそ道と言えます。それなのに、僕は「必ず実現する」と書いています。変化変容を繰り返すのがこの世界の本質で、「願い」も常に変化するものであり、その実現はどうでもいいのです。ただ大いなるものに導かれ生きていくだけです。

そして世界に目を向けると、アメリカのトランプ大統領が「パリ協定」からの離脱を表明し、国際社会、そして人々の分断がさらに際立つようになりました。その分断は、多くの人が今の自分の想いや願いを満たそうとして生まれています。それが変化していくことは考えず、ただただ今の自分の願いや想いに固執し、その結果、違いが際立ち分断が進んでいくのです。そして平和への願いすら、それに固執することで争いや分断を生み出す原因となっています。

人は自らの想いに基づき未来を固定しようとして道を外れて来ました。未知であるからこそ道であり、未来を固定しようとする思惑は滞りへと繋がっていきます。それが今の地球の姿です。未知なる道、未知なる未来に向けて自らの想いを解放する時、思いもよらない出来事をただただ楽しむことが出来ます。それは人智を超えた動きであり、すべてを一つにする動きであり、そこに未来への希望があります。

僕は道を歩みます。それは未知への旅であり、ただ出会うことを楽しむ旅です。

今朝の富士山と太陽です(^-^)






波のように生きる

ロシア軍が「クリル諸島」への師団配備を公表しました。このことに関して以下の記事を目にしました。

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「クリル諸島」への師団配備を公表

ロシア軍が新たに1個師団を「クリル諸島」に年内に配備するというニュースが大きな注目を集めている。222日にロシア議会の公聴会に臨んだショイグ国防相が明らかにしたものだが、クリル諸島といえば千島列島と北方領土を含むロシア側の名称であるため、これを「北方領土への」新師団配備と解釈する報道も多いようだ。
また、日本政府も「北方四島でロシア軍の軍備を強化するものであるならば」との条件付きでロシア側に遺憾の意を表明したことを明らかにした。
ただし、冒頭で述べたように、ロシア側が発表したのは(北方領土を範囲の一部に含む)「クリル諸島」への師団配備であり、我が国の北方領土に新たな部隊配備を行うと明言したわけではない。


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そして静岡新聞を手に取るとこんな記事が載っていました。

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【ウラジオストク共同】ロシアのショイグ国防相は22日、クリール諸島(北方領土と千島列島)に新たな師団を年内に配置する意向を示した。新設する4個師団のうち1個師団を配置するという。師団の詳細は不明だが、配置先は北方領土とみられ、4島の防衛力が強化される形となる。下院での発言をタス通信などが伝えた。

 昨年12月の日ロ首脳会談での合意を受け、日ロ政府は北方領土での共同経済活動の実現に向けた協議を進めているが、ショイグ氏の発言はそれとは関係なく北方領土の防衛強化を進める意思を表明した形。配備先が北方領土であることが確認されれば、日本政府が反発する可能性が高い。


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多少表現がぼやかしてありますが、この記事からは、ロシアが北方領土に新師団を配備しようとしていると読み取れ、最初の記事とはニュアンスが異なってきます。微妙な違いだけれども大きな違いのようにも感じました。そして、これらの記事を見ながら以下のようなことを思いました。

日々いろいろなニュースが流れていますが、題材が違うだけで、同じパターンになっています。〇〇が脅威だ。〇〇に対抗するために〇〇に近づく。〇〇は日本の利益に繋がる。〇〇のために大きな損害が生まれた。こんな感じの報道がなされていますが、それは今の人々の物事に対する反応パターンなのだと思います。

世界には脅威がある。そして、敵と味方がいる。そんな中で自分の得となるように、損をしないように行動していたい。

こんな視点で物事を見て、出来事に対して反応していて、それはロシアの師団配備についても同様で、その出来事を冷静に眺めるよりもパターンに基づいて反応しているのだと思います。そのため正確な表現は二の次となってしまっているのです。そして、その反応パターンは現実を強化していきます。

自らを分けると書く「自分」は、世界の中で自分を分けて際立たせる動きをします。それが世界に多様性と彩りを与えているのですが、どんな彩りを与えているかを見極める必要があります。今の人々は表面的な損得勘定に基づき、自分を際立たせています。その視点から見ると、世界は脅威であり敵と味方がいるのです。これは一つの視点に過ぎないのですが、多くの人が持つことで世界を覆ってしまっています。その結果が今の混乱した社会となって現れているのです。

この世界は本来一つです。敵味方なくすべての存在が大いなる流れの中で生かされています。誰も単独で存在することは出来ません。この大いなる繋がりの中で流れにそって自分を際立たせる。そんな動きを取ることが出来れば、調和の中で多様性と彩りが生まれていくのです。

それは海に生じる波のようなものです。様々な形となって現れる波ですが、次の瞬間には海と一体になっています。波は個の表現ですが、次の瞬間には全体と一体となり、そして次の瞬間には違う形となって現れます。こんなふうに個と全体とを行き来しながら自分を表現していく時、それは大いなる流れを促進するものとなり美しいハーモニーとなって現れていくのです。

木の花ファミリーの暮らしはそんな世界に向けての実験ですが、そこから今、一つの流れが生まれようとしています。それが3月21日オープンのカフェ&ショップ・ロータスランドで、昨日、看板も設置されました。




今、メニューも試作を重ねているところです。オープンの際は是非、遊びに来て下さいね。


こちらは日替わりランチの試作です。




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