ラベル お金 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

量的金融緩和の心と木の花ファミリーの暮らし

10月31日、日本銀行は追加の量的金融緩和を決定しました。
このことに関しては、肯定的な記事と否定的な記事、両方あるようです。
例えば、以下のような感じです。

肯定的な記事: Business journal

否定的な記事:東洋経済ONLINE

この金融緩和を受けて、日経平均株価は755円上昇し、
為替は1ドル112円まで円安が進みました。

円安が進むことで輸出産業は有利になり、
輸入原材料の値上がりにより中小企業は苦しくなる。

今まで言われてきていることです。

ここでは今回の金融緩和の是非はおいて、
それがどんな心から生まれてかを考えてみたいと思います。

デフレマインドを克服して消費が活発になることにより景気回復を図ること。
簡単に言ってしまえば、量的緩和(アベノミクス)の目的はここにあると言えます。
それは全体を考えての政策なのでしょうが、欠けている視点がいくつかあります。

まず1点目は、有限な自然環境への配慮がないこと。
次に人口が減少している現実を踏まえていないことです。
このあたりのことは、「持続可能な福祉社会」に書いているので、読んで見て下さいね。

それらに加えて、この政策には、人々の意識に対する視点が欠けています。
人々の消費を活発にすると言いますが、
その前提となっているのは「自分のために消費する人々」です。
人のため。みんなのため。そんな消費を促すような視点はありません。
一人一人がバラバラの自分のために消費していく。それは自己完結の消費です。
なので、人々の間に一体感は生まれず、
国家予算に対してもみんなのお金という感じが生まれません。

一人一人が自分の消費の先にあるものを意識すること。
それは繋がりの感覚をもたらし、人々の意識の転換を促します。
この意識の転換が今後もっとも重要になってくると思います。
量的金融緩和では決して育てることが出来ない心。
そんな心を木の花ファミリーでは、日々の生活を通して育てていっています。

☆彡 ☆彡 ☆彡

その木の花ファミリーでは今日、出航祈念祭という神事が行われました。


11月3日の朝の富士山です。
11月15日。木の花ファミリーメンバーのいさどん、ようこちゃん、まゆちゃんは、親しい友人のあわちゃん、じゅんぞうと共にインドに旅立ちます。
そして、GENOAの総会に出席するためにすでにインド入りしている道代ちゃんと合流し、
ハルトラビレッジやオーロビルを訪れます。
※道代ちゃんは今回を最後にGENOAの代表を降りる予定で最後の役割です。




この旅の安全、成功を祈って開催された祭りですが、それは精神的な意味では、この暮らしの意味・大切さを世界に広がるための船出を祝うものでもありました。
※天教山(富士山)より地教山(ヒマラヤ)への旅となっています。

神祭式の様子

暮らしの中で行われる神事は、カタカムナで言う潜象会(ない世界)へ意識を向けることであり、大いなる意思の流れを生活に呼び込むことになります。

僕たちはみんな大いなる意思の流れの元に生を受けています。
それを思い出すことはすべての存在との繋がりを回復することになります。
こんな意識を育むことで、すべてのお金はみんなのお金になって、ただ循環するだけになっていきます。
その時は、格差も貧困もきっとなくなっているでしょう。

そんな日が訪れることを信じて、僕らは淡々とカタカムナを取り入れた日々を送っています。
以下、お祭りの写真を何枚かお届けします。


花の舞


榊鬼


三つ舞


獅子舞


みろくの世


祈念祭後の空


みんなで記念撮影


みんなでお祈りです。


乾杯しています。



お金とは何か?~「自分のお金」と「みんなのお金」~

先日、長期滞在をしているワケあり女さんからこんな言葉を貰った。

「木の花ファミリーは知れば知るほど奥が深く、
さらに奥があることにびっくりさせられます。
私はずっと木の花のメンバーもお小遣いを貰っていて、
それを自由に使っているのだと思っていたのだけれども、
全くお小遣いはないのですね。
みんな必要な時になかのんからお金を貰って使っているのですね。
それはとってもびっくりすることでした。」

木の花ファミリーのメンバーは一人一人、自分名義の通帳(お金)を持っています。
それは個人のお金であり、好きに使おうと思えば使うことが出来ます。
ですが、僕たちは、それを自らの意志でみんなのものと見なしています。

僕たちにとって個人のお金を使っても全体のお金を使っても、結局は同じことです。
すべてがみんなのお金なので。
ですが、個人個人が自分のお金を使い始めると、
コミュニティ全体のお金の流れを把握するのが困難になります。
なので、僕たちは、全体のお金から支出をするようにしているのです。

※ここで言う全体のお金とはみんなから一定の金額を集めた生活費のことです。

「自分のお金」と考えることは、人と自分を切り離すことに繋がるのではないでしょうか?
城南信用金庫の吉原毅さんは「お金は個人主義が生み出した最大の幻想。」と述べています。
そして、お金の三大機能について以下のように語ります。

交換機能 → あなたと私は主体が別だ。
価値保存機能 → あなたにはあげないで自分で貯め込む
価値尺度機能 → 物事は自分を中心として一元的な価値で合理的に判断できる

そのため、お金は持てば持つほど孤独になるというのです。

ですが、僕たちはお金を「みんなのお金」と考えています。

僕たちはお金を持つことでメンバーとの繋がりを感じます。
そして、それを社会に還元することで社会との繋がりも感じます。
「みんなのお金」と考えることで、人と繋がっていけるのです。

物々交換から考えるお金の役割で書いたように、
循環の補助こそがお金の一番の役割なのです。

それは交易の歴史からも伺えることです。

栗本慎一郎氏の『経済人類学』には沈黙交易についての記述があります。

沈黙交易は、お互いに接触をせずに交互に品物を置き、
双方が相手の品物に満足した時に成立します。

原始経済社会の時代、共同体外部は異人の住むところであり、
畏敬の念を持っていました。

交易の成立は、その異人との間に平和が成立したことを意味するのです。

クラというトロブリアンド諸島の交易ネットワークがあります。
人々は、隣の島の人々とクラを行うために、
カヌーの船団を組織し、危険な航海を成功させます。
そこでは、白い貝の腕輪を反時計周り、赤い貝の飾りを時計周りに
財の交換がなされていきます。


クラ交易用首飾り
クラは「交換のネットワーク」であると同時に、
信仰や儀礼、神話や物語、信頼や名誉などが
埋め込まれた複雑な関係であり、人々を結びつけているのです。

交易は物々交換です。
ですが、その物々交換はモノの必要性から生まれたのではなく、
共同体外部との交流手段だったのです。
お金はこの延長に生み出されます。

人と繋がっていくこと。それが人の一番根源にある望みであり、
原動力です。
そして、物々交換、お金はその補助の役割をしていたのです。




日本のお金は日本を循環し日本を豊かにする。
世界のお金は世界を循環し世界を豊かにする。

その視点を得ることが出来た時、「自分のお金」は必要なくなります。
あるのは「みんなのお金」だけです。

「みんなのお金」は人と人を繋げて、みんなを豊かにしていきます。
そんな世界を実現している木の花ファミリー。
この暮らしが広がることを願い、僕たちは淡々と生活しています。






物々交換から考えるお金の役割

木の花ファミリーで暮らし始める前、僕は、神奈川県の藤野にあるパーマカルチャーセンタージャパン(PCCJ)に1年間通っていました。

パーマカルチャーとは、1970年代にオーストラリアで生まれた学問で、
パーマネント(permanent 永久の)とアグリカルチャー(agriculture 農業)をつづめたものですが、同時にパーマネントとカルチャー(文化)の縮約形でもあります。

土を大切にした永続可能な農業を基盤として持続可能な文化を生み出すためのデザイン体系です。

当時、PCCJで出会った友人、みっちーとのぞーるは今、
山梨県牧丘市で百姓をしています。(豆の樹の家

彼らは減農薬、無化学肥料でとても美味しいブドウ(巨峰)を育てています。
その巨峰が昨日贈られてきて、今日の夕飯の食卓に並びました。







みずみずしく甘いブドウ。子どもたちも喜んで食べていました。




みっちーとのぞーるは毎年、僕らに巨峰を贈ってくれます。
彼らの巨峰は僕たちの食卓に喜びを与えてくれます。

僕らはそのお礼に毎年、新米を贈っています。

木の花ファミリーと豆の樹の家は、毎年、巨峰とお米の物々交換をしています。
それはモノを贈り合っているだけではなく、心の交流でもあり、お互い暖かい気持ちになります。
こうしてモノと一緒に心が人々の間で循環していきます。

必要なものが循環し、心の交流があるところではお金は必要ありません。

交換の手段、価値の尺度、保存機能。

これらはお金の機能と呼ばれていますが、
それらは本質的な役割ではないと僕は思っています。

循環の補佐。

それこそがお金の大切な役割です。

特定の物質に依存せず、腐ることもないお金は時空を超えて存在し続けることが出来ます。
それは時空を超えて人と人を繋げることが出来るのです。

巨峰とお米の交換を通した心と心の交流。
そのような心と心の交流が世界中の人々と可能となるように。
過去や未来の人々と可能となるように。

お金はそのために存在していると僕は思っています。


Your left Slidebar content. -->