響きを感じるようになれば・・・

生きるとは、自らの魂が生み出す「思い」を表現することです。思いは、それぞれの響きを持っています。私たちが生きて、思いを表現すると、その思いの響きがこの世界の何かしらに当たり、ふさわしい現象となって自らに返ってきます。自分がどのような響きを発するかによって、世界はその響きに正しく応え、ふさわしい出来事を与えてくれるのです。そうすると、人生で出会うすべての出来事は、自分自身を観ていると言えます。つまり、この世界は鏡なのです。




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この世界で出会う出来事は自分に相応しく与えられていて、そしてそれを生み出しているのは自らの「思い」が持つ響きです。響きは思考や理屈を超えたものです。だから時に頭では理解出来ないことが起きるのですが、自分の響きを感じることが出来れば、それは相応しく与えられていることが分かります。

こんなはずではない。これは○○のせいだ。

こんなふうに思うこともあるかもしれませんが、それは出来事を、思考の枠から理屈で見ているからで、世界は常に思考の枠を壊してくるのです。

昨晩の大人ミーティングでは、いさどんカタカムナで「国(クニ)」を読み解き、それは「自由(ク)が定着した(二)場所。つまり至るところで変化変容が起き続ける場所」と語りました。そして概ね以下のように語り続けました。

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自由であることが生きることの本質です。そしてその後に「自在」という言葉が続きます。自由であるとは、好き勝手に出来るということではなく、変化変容するこの世界に合わせて自分を変えていけるということなのです。

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そんないさどんの言葉を受けて、以下の文章を思い出しました。

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宇宙は、常に変化することで成り立っています。波動が高いところでどんどんどんどん変化すること ─── それが活性化です。人間が自我を持ち、欲を持つと、変化しないことを求めるようになります。何かに囚われ、現状を守ろうとするのです。しかしその自我の欲が満たされても、人間は成長しません。むしろ、その欲に支配されて、不自由に生きることになるのです。

けれども、人間が自分を手放し、自由にしてあげると、自我の枠から離れることができます。この、自分自身を手放すことを、シヴァのはたらきと言います。シヴァとは、破壊の神です。宇宙は、この世界をどんどん変化させています。それは、無限の宇宙の中で、常に先へ先へと、未知なるところに向かって旅し続けているということです。それが生命の宿命であり、宇宙を生きる上で正常な状態なのです。その中で、私たち人間も、自らの価値観を絶対とするのではなく、宇宙が変化していく流れをいただいていく。「いただく」ということは、古いものを捨てるということです。


波動が高いということは、壊れるということ」より


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「いただく」とは古いものを捨てること、つまりは壊れ続けることなのだと思いました。生きるとは自らの思いを表現し、その響きを発することです。すると世界はその響きに相応しい響きを返します。それが僕らの出会う出来事です。僕らと世界は響き合っています。出会う響きに心を開くことで今の自分の響きが壊れ、新しい響きが生まれます。こんなふうに常に新しい響きを生み出すこと、それが自由自在ということです。この時、自分の思惑や思考に囚われていると響きを感じることが出来なくなります。そして思わぬ出来事に苦しむようになるのです。

ということで、ここで2014年の年末に書いた文章を紹介します。

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僕はこれまでずっと自分の物語を生きて来ました。


それは「世界が僕を変える」や「世界と一緒に変化を楽しむ」に書いた英雄物語だったり、「僕といさどんと木の花ファミリー」に書いた「虐げられた状況から逆転する物語」だったりします。その自覚はずっとあって、それを意識的に変えようと努力を重ねてきました。ですが、それらの努力は功を奏しませんでした。僕は変わりませんでした。

そんな中、今年の9月24日、このBLOGを立ち上げました。タイトルは「木の花ファミリーの経済から世界を見る」。「世界を見る」とタイトルをつけたからには、そこに書かれるものは、世界を意識したものでなければならない。そんなふうに思いました。そして普段から世界で起きていることと木の花ファミリーの暮らしを繋げて考えるようになりました。そうすることで、この暮らしの意味をあらためて感じることになりました。そして、その意識を保つために一定のペースでこのBLOGを書き続けました。

すると大人ミーティングが今まで以上に面白い場となってきました。そこから世界が見えるのです。そんな大人ミーティングの場で、12月の初め不思議な体験をしました。その時、いさどんがみんなに向って語っていたのですが、僕は天から暖かいエネルギーが降り注ぐのを感じたのです。いさどんの話が天の扉を開き、そして、天からエネルギーが降り注いでいたのです。そのエネルギーはとても大きく暖かいものでした。僕はこの時、初めて天の存在を感じました。ずっとあることを知っていた天の存在をリアルに感じたのです。この日から僕は天に意識を向けるようになりました。

天に意識を向けると、自分の感情や枠を超えることが出来ます。自分から自由になって、天の温かさを感じることが出来ます。それがとても心地よく毎日がとても幸せなのです。そんなふうに過ごしていると、周りから「変わった」と言われるようになりました。

このBLOGを立ち上げた時、僕は別に「変わろう」とは思っていませんでした。ただ広い視点を持つことを心掛けて毎日を過ごしていました。その結果、僕はとても幸せになりみんなに変わったと言われます。一方、僕が意識的に変わろうと努力した時、僕は変われなかったし、あまり幸せにもなれませんでした。

その違いは何か?

僕が意識的に変わろうとした時、僕は自分の変わる姿をイメージしていました。評価される自分、出来る自分をイメージしていました。要は自分がかわいかったのです。そして、自分に囚われていました。その囚われが僕の変化を邪魔していたのでしょう。

今は自分に対するイメージは持っていません。「どうなりたい」という思いもありません。ただ、天を意識し感じ続けること。それが僕の一番の望みで、それだけ出来ればよいのです。だから僕はこれから何があってもずっと幸せだろうなと思います。

僕を変えて幸せにしてくれたのは世界であり、天です。自分では幸せになれませんでした。だから、これからは天の物語を生きていきます。それは僕を幸せにし、そしてみんなを幸せにする物語になるのだろうなと思っています(^-^)



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人が本当の意味で変わるということは、表面的な行動を変えることではなくて、「思い」の響きが変化するということです。そして、それは変化変容を繰り返す世界に心を開き響き合うことで変化していくもので思惑や思考を超えたものです。未来は常に未知なるものでどうなるかは分かりませんが、響きが変化すれば、思考や行動もおのずと変化していきます。そして、だからこそ未来に希望があるのです。

世界各地で続く紛争や戦争、大気汚染や海洋汚染、そして気候変動など。今の世界には、人智では解決不可能と思えることは多々ありますが、響きは人智を超えてこの世界に影響を及ぼし思いもよらない出来事が生まれます。だから何が起きても常に希望はあり続けるのです。

思惑をもって暮らしていると、人は思わぬ出来事に出会い苦しむようになります。ですが、思惑を手放し思考の枠を壊し続けると、人は思わぬ出来事を楽しむようになります。

響きを感じるようになれば、この世界は常に希望に満ちています(^-^)

僕の響きで出会った木の花ファミリーの子どもたち、今、共に響きを生み出しています。

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