木の花ファミリーは、一人一人独立した個人が集まり一つの経済を生み出しています。その暮らしは、とてもユニークで優しく本質的な平等が実現しています。天然循環法による恵みをいただき宇宙を語る木の花ファミリー。お金を通して心を表現していきます。

現実と共に歩む、そして時空を超えていく

誕生日と春分の日、そしてカフェ&ショップ・ロータスランドオープンがあった3月が終わりました。この1ヶ月は今までの人生で一番働いた1ヶ月なのではないかと思います。働くとは傍(はた)を楽(らく)にすること。それは生きることそのものであり、生きるとは自分を超えたネットワークの中で役割を果たし、他者のため、世の中のために生きること。木の花ファミリーでは常にそんなことを語り合っています。

立春正月にひっくり返った僕は、自分の側から世界を見るのではなく、世界の側から自分を見るように心がけています。だから傍(はたらく)ことが出来たのだと思います。そうでなければ忙しさの中で心を失い自分の感情に押しつぶされていたことでしょう。

押しつぶされそうな自分を見て微笑む。そして自分を取り戻す。

そんなふうに過ごしましたが、最後の最後でいっぱいになり月末に半日休みを取りました。それもまあ自分自身の現状ということで良いと思っています。

世界の側から自分を見る。

それは別に自分を万能にするわけではなく至らない自分はそのまま存在しています。ただその至らない自分をコントロールする力を得ただけです。自分のエネルギーには限界がありそこに達すれば休む必要があるのは当然です。だから一度休んで英気を養いました。

この1ヶ月間、流れが良く進むこともあれば、流れが滞ることもありました。流れが良く進むことは良いことです。とても気持ちが良く過ごせます。ですが、流れが良いことは都合の良いことです。そのため流れが良い状態が続くと都合の良いことを喜ぶ心が僕の中には育まれていきます。そしてそれを求めるようになるのです。

自分の都合の良いことを喜び求めるようになる。

その状態はニュートラルではなく心を育むことはありません。そんな時、滞りに出会うと痛みを感じますが、その痛みは謙虚な心を育み、いただく心を育ててくれるのです。滞りはまさに天からの祝福と言えます。

忙しい1ヶ月を何事もなく乗り越えていたら、僕の中には万能感が育まれていたことでしょう。それは不調和な心であり人を真実から遠ざけます。最後の最後でいっぱいになり休んだことで僕は自分の現状を知ることが出来ました。有難いことです。

少し前から自分のやっている役割は自分の理解を超えるようになっています。自分では出来るとは思えないことをやっているのです。出来ないという判断は自分の思考の枠でそれを超え続けているからこのような状態となっているのですが、それでも当然なんでも出来るというわけではなく現実が限界を示してくれています。思考の枠を外し、ただその現実をいただくことで自分を知り、そしてそれを踏まえて進み続けていくのだと思っています。その先、どこに行くかは分かりませんが、ただ現実と共に歩むだけなのです。

ところで。

人々は平和を願ってきました。平和を願うからには平和な心を育む必要があります。そして、それは都合の良い現実からではなく滞りをいただくことで育まれるのではないかと思っています。世界中で起きているテロや戦争を目にすると無慈悲とも思われますが、それは人間の現状を表していて、その現実をいただき学ぶことで平和な心は育まれていくのだと思います。

すべてはプロセスの中にあり、僕らは時空を超える旅路の中にあります。

その奥には常に天からの祝福があるのです(^-^)


誕生日の日に作ってもらったおにぎり🍙です。


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