木の花ファミリーは、一人一人独立した個人が集まり一つの経済を生み出しています。その暮らしは、とてもユニークで優しく本質的な平等が実現しています。天然循環法による恵みをいただき宇宙を語る木の花ファミリー。お金を通して心を表現していきます。

宇宙の法則を生きて、それを知っていく。

尖閣諸島に中国船団が押し寄せ日本と中国の領土問題が話題になる中、
木の花ファミリーでは昨日から今日に掛けて8名の中国人のお客様を迎えています。
彼らは仏教を実践者で、中国でコミュニティを立ち上げようとしています。

昨晩の大人ミーティングでは、いさどんブログ「イスラム教徒は何を伝えようとしている?~ダッカ人質テロ事件から時代を読む」がシェアされ、そこからテロや平和、禅、お釈迦さまの悟りとこれからの悟り、時代の流れなど様々なことを語り合いました。そして、その最後にいさどんは以下のように語りました。

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日本と中国は世界の情勢の中で立場が違います。その違いは認識の違いから生まれます。
そこからお互いに異質なものを感じるとそれが最終的に対立に至ります。ですが、広い世界観で見るとみんな同じとなります。この地球という同じ環境を共有しています。すべてのものは微細なものの集合体です。その違いはどこにあるのでしょう。人々には差別の意識が生まれ、それが表現されます。自我が差別を創っているのです。自然を見ると多様な生命が存在し、一つの生態系を表現しています。すべてのものは一つです。それが弱肉強食のように見えるのは部分的に区切るからです。巨大な宇宙の中にいて、微細な集合体によって一つの世界が創られているのです。

お釈迦さまはそういうことを人々に伝えようとしたのだろうと思います。お釈迦さまの時代は、これから人々がエゴを表現し、欲望を膨らませていく時代でした。そんな時代だったためお釈迦さまの言葉は人々の救済のためのメッセージとなってしまいました。宗教が救済になってしまったのです。ですが、宗教の本質は、自らが何者であるかを悟るためにあります。一人一人の道は違います。個性豊かな道が用意されています。共通しているのは共に一つの方向に向かって悟ろうとする動き、これは宇宙の動きです。そうすると今までの宗教のように価値が固定化し、信者が既製品のようになることはありません。


今は21世紀初頭ですが、2000年までの物質的発展の時代が終わり3000年に向けての人類の新たな扉が開いたのです。開いたばかりなので、これを生きる人には困難が待っています。あなたがたは中国という体制に中で生きています。日本でも自由の中にありながら、人々は既製品化されていっています。人々は現代の価値観に囚われて縛られています。これは自らとの闘いであり、古い時代の衣を脱ぐ必要があります。あなた方のお話しを聴きながら、共通の使命をもって生まれてきていることを感じました。そして共に暮らすこの活動が始まりました。今はまだ草の根の活動ですが、明らかにこの動きは時代が創り出しています。2000年から3000年に向けての扉が開いたといいましたが、私たちの付き合いも扉があきました。これからもよろしくお願いします。

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新しい時代に向けた素晴らしい出会いとなりました。
このような人と人との出会いが積み重なり、国と国との関係も変化していくのでしょう。
それは希望の物語です(^-^)


話しは少し変わって・・・

昨日一日考えていたことを書いてみたいと思います。


自分とは何か?


自分と一言でいうけれども、何をもって自分とするか、
自分という表現から何を思い浮かべるかは人それぞれ異なります。

自我、真我、心、意識、身体、感情、思考、・・・・

自分や「自分の・・・」という言葉から繋がる言葉はいろいろなものあります。
その言葉は発する人の意識によりいかようにも変化していきます。
とりあえず、ここでは今の僕の関心から「自分」というものについて書いてみます。

「自分」には2種類あるということを思いました。

一つが「今まで積み上げてきた自分」であり、
自動的に行う思考や行動、つまりは習慣となっているものがこれにあたります。

そして、もう一つが「すべてから自由な自分」。
これは意識的に物事を認識していく自分であり、
お釈迦さまの「天上天下唯我独尊」、デカルトの「我思う我あり」などの「我」がこれにあたります。

この2種類の自分の相互作用により、現実は展開していきます。

今まで積み上げてきた自分。


人は普段何も考えずに生活し続けることが出来ます。
それは日常生活で必要になる行動を身体が覚えているからです。
そして、無自覚のまま反応し、時には感情的になり、毎日が過ぎていきます。
自分の身の回りに起きる現実はここから生まれていくのです。

だから、現実を変化させたいと思ったならば、ここにメスを入れていく必要があります。
意識的に積み上げてきた自分を見ることにより、必要な修正を加えていくのです。
その時、出来事は自然と変化していきます。

変化を起こそうとする必要はありません。
そういう意図はどうしても表面的なものとなり、本質へとは至りません。
意識的に自分を見て、そこに修正を加えていく。
その積み重ねにより、自分が変わり、出会う出来事も変わっていくのです。

すべてから自由な自分


人間の思考は自由です。どんなことだって考えていられます。

現実を無視して空想の世界に入り込むことも出来ます。
今まで積み上げてきた自分という実態を無視し、
都合のよい自分を思い描いていることも出来ます。
それは一見すると気持ちの良い行為に思えるかもしれません。
ですが、このような態度でいると、積み上げてきた自分にメスが入ることはなく、
今まで通りの日々が繰り返されていくのです。
そしてそれは大抵、本人にとって受け入れがたいものなのです。

意識を「自分の実態=積み上げてきた自分」に向け続けることが大切です。
そうすることで必要な修正を加えることが出来て、日常に変化が生まれるのです。

そして、もう一つ大切なことは、意識を広げていくことです。

自分の実態からスタートし、身の回りから人間社会、自然から宇宙へと意識を広げていくのです。
この時、自分を知ることが世界を知ることに繋がり、自分の変化が世界の変化に繋がります。
そして、この宇宙の流れが見えてきて、変化は時代が起こしていることも見えてくるのです。

自分の変化を通して宇宙の法則を知る


今まで積み上げてきた自分が現実を生み出しています。
その自分を手放し、出会う出来事をただいただいていく。
そのようにして自分を知り、必要な修正を加えていきます。
そしてまた自分を手放していく。
この繰り返しによって変化が自然に起こります。

それはこの宇宙の法則に基づいたものであり、自分の予測を超えたものです。
そんなふうにして自らが宇宙の法則を生きて、法則を知っていくことが出来ます。

それがきっとこれからの時代の悟りであり、それは常に変化の過程の中にあり、
その過程は一人一人オリジナルで、個性豊かなものとなるのです。

だからそんなふうに生きていきます(^-^)









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