木の花ファミリーは、一人一人独立した個人が集まり一つの経済を生み出しています。その暮らしは、とてもユニークで優しく本質的な平等が実現しています。天然循環法による恵みをいただき宇宙を語る木の花ファミリー。お金を通して心を表現していきます。

みんな自我の幻想の中で暮らしている。

僕のブログ「ただ湧いてきたものを表現していく」について、いさどんとようこちゃんは以下のような会話を交わしたそうです。

☆彡 ☆彡 ☆彡

いさどん:

人柄にメスを入れることは難しい。でもそれは、人柄を変えるわけではなく、さわやかに生きるということなのに、人柄を変えてしまおうと思ったら無理がくる。人柄は個性だから活かさないといけない。

ようこ:

たとえば、今回のなかのんのブログに表現されているのは、あくまでもなかのんでしょ?でも、魂がこもっていたね。

いさどん:

この人は柱が立ってきて、物事が観えてきたということが感じ取れる。

ようこ:

それはやはり、なかのんがいさどんに伝えられたことを受けて、人柄にメスを入れているからだね。

いさどん:

今までなかのんのブログを読むと、そこにはアピールがあって、僕に言われたことも自分で考えたように書いていたようなところがあった。ところが今回は、いさどんがこう言いました、ということが素直に載っている。

☆彡 ☆彡 ☆彡

これを聴いて、思い返してみると、確かに僕はいさどんに言われ、
それにより理解したことを自分で考えたように書いたことがありました。

理解したことを自分の考えにしていく。

それは成長に繋がる大切なプロセスですが、
自分で考えたように書くことは正確な表現ではありません。
それは自分を高く見せる行為であり、
評価を求めるためにいさどんの知恵を利用したとも言えます。

その行為の奥にはアピールの心があり、アピールの心が正確ではない表現に繋がります。
そこで語られる言葉には魂(本当の自分・実態)がこもることはありません。

ここで今の社会を見てみます。

すると、アピールのために語られ、魂(実態)が抜け落ちた言葉が溢れていることを感じます。

例えば、安倍政権は2012年の三党合意で定められた消費税増税を先送りにしています。それは世論の機嫌を取るためのアピールであり、民進党も同調し、合意の重みはすでに失われています。

安倍政権は、2020年度の基礎的財政収支の黒字化や名目GDP600兆円の達成なども目標として掲げていますが、とても実現するようには思えません。ですが、これらは多くの人にとっても都合がよい目標となっています。なので、そのまま流されていき、言葉からは完全に魂(実態)が抜け落ちていきます。

そして、今回の参議院選挙で東京選挙区から出馬した三宅洋平さん。
彼の言葉はとてもかっこよくて、多くの人を惹きつけます。
ですが、多くの人々の日常には、そこで語られたことは反映されません。
三宅さんの言葉は人々に高揚感をもたらしますが、それだけとも言えます。
そこに魂(実態)を感じることは出来ません。
※こんなふうに書いている僕も3年前は三宅さんの言葉に心が震えていたのですが・・・

歴史を振り返れば、多くの人々を惹きつける演説は多々あります。
それにより人々は夢を描きましたが、世界は変わらず、争いを続いています。
夢を描き、社会運動をしたとしても、多くの人は自分の人格にメスをいれることはありません。
世界の争いの種はひとり一人の心の中にあります。
それがそのまま残されているため、どんなに熱心に社会運動をしても、
争いがなくなることはないのです。

こんなふうに見ていくと、みんな自我の幻想の中で暮らしていることが分かります。
自分の実態を見ずに、人格をそのままにし、幻想の中で一喜一憂しているのです。

自我は人を惹きつけることを望みます。
そのため実態を無視し、頭で思い描いたことを語り続けるのです。
自我による幻想でいっぱいになっていると自分が実態を無視していることにも気づきません。
そして上手に語れる人が評価を得て、それが利益に繋がり、社会を動かしていくのです。

そんなふうに成り立っている現代社会はまさにバーチャルな世界。
そのバーチャルな世界の奥で、実態(実体)が行き詰まりを迎えているのです。
自然災害やテロリズムはその表れとなっています。

そしてまたあらためて昨日の自分を振り返ります。
すると自我の考え(思惑)により魂(実態)の声を無視する瞬間が何度もありました。
それはまだまだ自我の幻想に囚われている証であり、全体性の欠如です。

自我にメスを入れ、そぎ落とすことによって見えてくる自分自身の実態。
それはどんなに未熟であっても宇宙と一つであり、天と繋がっています。
だから、そこから湧いてくる言葉は常に天からの言葉なのです。

自分の実態の未熟さは天の未熟さであり、それを表現し学ぶことで、天と共に成長していく。

それがこの世界に生を受けている意味であり、だからこそ自分自身の自我にメスをいれ、
自我の幻想から自由になる必要があります。その時、見えてくる自分の実態がどんなに醜いものであったとしても、それは天からのギフトであり、この宇宙の根源に至る鍵なのです。

これは希望の話なのです。

僕の実態はどこまでも成長していきます。
そして、それに応じて現実がどのように変化するかは未知数です。
それは僕の想像をはるかに超えたもの。

ただ間違えないのは、その先にすべての存在が調和した真の平和が訪れるということです。

昨日(7月15日)の朝の蓮の花です。

今朝(7月16日)の蓮の花です。


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