結果を追い求めるのではなく結果から自分を知る

5月20日の富士山からの日の出です。

5月20日は24節気で「小満(しょうまん)」。
そして、僕が木の花ファミリーに移住して7周年の記念日でした。
僕は今、木の花での8年目の日々を過ごしています。

6周年を迎えた昨年は、「願いから自由になるために生まれてきた」というブログを書きました。

この頃の僕には強い願いが湧いてきていました。
そして、それを振り払おうとしてこのブログを書きました。

ですが、この後、僕は「願い」に翻弄されることになります。
 ※詳細は以下のブログをお読みください。

 心を磨いた結果出会うこと。

 正しい自己認識が世界を変え、世界に平和をもたらす。

 相応しいものになっていく。

 空っぽへのあこがれ

「願い」に翻弄されることで、自分自身を知り、そして、その「願い」の奥を知りました。
結果、僕は願いから自由になりました。

「7」はカタカムナでは質的転換を表す数字です。
木の花ファミリー7年目の1年間で僕は質的転換を果たしました。
それは個人の願いではなく天の意志に基づいて生きるということです。

そして「8」はカタカムナでは飽和安定。
僕はこれからの1年で天の意志に基づく生き方をより強固なものにしていきます。

今、僕は体調を壊し、咳が止まらない状態となっています。
この咳は僕が意図したものではありません。
天とは何かを尋ねると・・・」にも書きましたが、
自分が意図していないものはすべて「天」なのです。
だから、この咳は天が与えて下さっています。

なぜ、天は僕に咳を与えて下さるのか?
最近の自分に思いを馳せます。
すると結果を求めて無理をしていた自分自身の姿が見えてきます。
この咳は結果を求めて無理をしたことに対する答えです。

結果は求めるものではなくいただくものです。
過去から未来へと繋がるこの世界においてはすべての瞬間が今まで生の結果です。
人は常に結果をいただいているのです。
そして、その結果から自分を知ることが出来るのです。

とはいえ、今とは違う結果を求める時もあるものです。
ですが、それを無理に引き寄せる態度は世界に歪みを生み出します。
沢山の人々が今とは違う結果を求めて、
そして沢山の歪みが生じて今の世界は出来ています。
このような中、結果を無理に求めても世界に新たな歪みが生まれるだけです。

結果を求めるならば、その結果に相応しい自分になることです。
その時大切になるのは日常の地道な積み重ねであり、
プロスポーツ選手ならば普段から身体作りをし、コンディションを整えています。

僕たちは心の道を探求するスペシャリスト。
ならば、日々の心の動きを緻密にチェックし、常に客観的な位置に立ち続けることです。

大切なのはそれだけで、その姿勢からずれていたから咳を与えてもらいました。

それに気づいたらリセットしニュートラルになるだけです。

最近僕は、木の花ファミリーのみんなと塚本晋也監督の映画「野火」を観ました。

太平洋戦争末期のフィリピン戦線を舞台に極限状態に追い込まれていく主人公の姿。
人間の醜さと自然の美しさが対照的に描かれています。

こういう映画は戦争の悲惨さを再確認する機会となります。
そして、多くの人が二度と戦争を起こしてはいけないと思うのではないでしょうか?
ですが、なぜか世界から戦争がなくならない現状があります。

昨年の夏、日本では安全保障関連法案を巡り大きなうねりが生まれました。
賛成派も反対派も平和を求めているのに、結果、対立しているのです。
それはそれぞれの立場の人が求める結果に固執しているからではないでしょうか?

今週、アメリカのオバマ大統領が被爆地・広島を初めて訪問します。
それは歴史的な出来事で、大きな流れを感じます。
核廃絶、そして人類の平和へ向けての大きな一歩ともなりえます。

ですが、本当に大切なのはきっと出来事や形ではないのです。

共和党の大統領候補となることが確実なドナルド・トランプ氏は、
以前に日本の核武装を容認する発言をしています。
そして最近、北朝鮮の金正恩労働党委員長との会談に前向きな発言をしました。
それは北朝鮮に核開発を放棄させるためです。

相矛盾するようにも思える発言ですが、どちらも選挙を意識したパフォーマンスなのでしょう。
そんなトランプ氏の支持率が民主党のヒラリー・クリントン氏の支持率を上回りました。
トランプ氏が次期大統領になる可能性が大きくなったということです。

それがアメリカ国民の意識だとしたら、
オバマ大統領の広島訪問もパフォーマンス以上の意味を持たない可能性もあります。
それでは真の平和に繋がることはないでしょう。

表面の出来事や形に目を奪われ、それを求めても、人々は望みに翻弄され続けるだけです。

オバマ大統領がアメリカの大統領として初めて広島を訪問します。
その出来事を通して、人類が歴史を客観的に振り返り、人間についての学びを深めていく。
そして、全ての出来事に対する慈しみの心を育んでいくこと。
それが出来た時、この訪問が本当の意味で生かされていくのでしょう。

結果を追い求めるのではなく、結果から自分を知ること。
表面の出来事ではなく、その奥に流れている心に思いを馳せること。
そして、調和に向けて自分の人間性を高めていくこと。

真の平和が実現するために必要なのはそういうことなのです。

僕はそう確信しています(^-^)










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